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2011年8月

2011/08/31

野球の監督はなぜ、プレーしないのにユニフォームを着るのか?

山本太郎がテレビCMに出ていた。
「頑張れよ」と小さくつぶやいた。

8月限定でお送りしてきた、
横浜ベイスターズ応援企画
「私を野球に連れてって」のコーナーも今日で終わり。
最終回の今日は、
なぜ野球の監督は選手と同じように
ユニフォームを着ているのだろうか?
という素朴な疑問についてお話しようと思います。
サッカーやラグビー、アイスホッケーなど
ほとんどのスポーツの監督は背広姿です。
でも野球だけは監督も選手と同じように
ユニフォーム姿です。背番号もあります。
これってかなり不思議なことだと思いませんか?
乱闘騒ぎのとき、どちらのチームの監督かが分かるように。
毎試合、スーツとネクタイの組み合わせに悩まずにすむように。
冗談のような答はいくつかあるようですが、
本当の歴史的経緯はよく分かっていないようです。
ただ思うに、プロ野球ほど監督がグランド内に
出ていくスポーツは他にありません。
ピッチャー交代はもちろん、ピンチのときに
マウンドまで行って話し込む、
代打にアドヴァイスを与える、
長々と抗議する、
などなど、プロ野球では監督がテレビ画面に
映し出される時間がほんとうに長い、長すぎる!
これもユニファーム姿であるがための弊害でしょうか?
スーツやジャージ姿では浮いてしまいますから。
スーディな試合運び、そして節電のためにも
監督がグラウンド内に立ち入ることを
もっと厳しく規制すべきだと思います。

もうひとつ素朴な疑問。
なんであんなにコーチがたくさんいるのでしょうか。
横浜ベイスターズの場合、計9人。
つまりグラウンドにいる選手と同じ人数の
プレーしない人がいるんですね。
(巨人軍は11人)
育成を旨とする2軍ならともかく、
技を認められた1軍の選手に対して
そんなにたくさんのコーチが必要なんでしょうか?

2011/08/30

永久の眠りにつけない?4割打者テッド・ウィリアムス

ドジョウにも、金魚にもなれない
僕はどう生きていけばいいのだろうか?
午前中のワイドショーを見ながら
人生に悩んでしまいました。

さて、今日は史上最後の4割打者といわれている
テッド・ウィリアムスの生誕記念日。
1918年8月30日、
カリフォルニア州サンディエゴで生まれました。
で、いきなり彼が2002年に亡くなってからの話。
彼の息子は生前から父親に散々迷惑をかけていたのですが、
なんと父親の死体まで利用して金儲けしようと企みました。
遺体を冷凍保存して将来、科学が発達して
未来に復活できるようになったら役立てよう、
という怪しい財団と契約してしまったのです。
ウィリアムス本人は生前
「遺灰は海に散骨して欲しい」と遺していたにもかかわらず、
彼の遺体は、何故か頭部と胴体が離されたまま
別々に冷凍されたのでした。
その後、遺族間の裁判などもあり
胴体は遺言通り散骨されましたが、
頭部は引き続き冷凍保存されたままなんだそうです。
観たいような、観たくないような。

2011/08/29

捕手、水沼四郎の目からみた伝説の『江夏の21球』

プロ野球を題材にしたスポーツライティングの傑作が
故・山際淳司さんの『江夏の21球』です。
(『スローカーブを、もう一球』角川文庫に収録)
これは1979年の日本シリーズの最終戦で、
共に初の日本一を目指した近鉄と広島の
最後の一戦、9回裏のドラマを再現した作品です。
11月4日、小雨降る大阪球場。
試合は最終局面を迎えていました。9回裏。
4対3、広島の1点リード。
近鉄に残された攻撃はあと1回のみ。
広島のマウンドには立っているのは抑えの切り札、江夏豊。
ここからドラマが始まる。
先頭打者にヒットを許すと、野手エラーも重なって
無死3塁の状況に。
満塁策を選んで無死満塁、絶体絶命のピンチ。
打席には昨年の首位打者で左投手に強い
バッターが入った。
同点、いやサヨナラ負けすら覚悟しなければならない状況。
近鉄の西本監督も勝ちを確信したのか、
「笑い出さんばかりの表情」だった。
「いっそきれいに散りたい」江夏も負けを覚悟した。
だが、ここから奇跡のようなドラマが起こり、
江夏はキャッチーの水沼四朗に飛びついて
喜びを爆発させることになる。
いったい何が起き、江夏はどのような
心理でマウンドに立っていたのだろうか。
山際さんは試合のビデオを江夏に何度も見せながら
9回裏に彼が投げた21球の軌跡を鮮やかに蘇らせた。
取材対象と冷静に距離を保ち、
相手の言葉から新たなドラマを紡ぎだす、
その手法は新鮮だった。
それは、選手との仲の良さを強調するだけの
「すきすきノンフィクション」
己の戦術眼を自慢するだけの
「おれおれノンフィクション」とは
まったく次元の違う作品だ。

そして、この21球のドラマを捕手の
立場からとらえた知られざる名作
「水沼四郎の21球」
(『捕手論』織田淳太郎 光文社新書に収録)
また優れたスポーツライティングです。

2011/08/26

金魚を愛でながらお酒を楽しむ「アートアクアリウム展」

昨夜は、日本橋三井ホール(コレド室町)で
開催されている
「アートアクアリウム展 江戸・金魚の涼」を
観てきました。
これは今までにない斬新な水槽を次々と
作り出している木村英智さんのプロデュースによるもの。
夜はお酒を飲みながら金魚たちを愛でることができます。
夏休み最後の週末、ご家族みんなで楽しんでください。
ただし、きわどい春画も展示されているので
お父さん、お母さんがブロックして
お子さんには見せないように~。
http://h-i-d.co.jp/art/

P8250186
約1000匹の金魚が泳ぐ世界一の金魚鉢。
タイトルは「花魁」

P8250162
一枚の絵画作品のような「壁掛け水槽」

P8250158
水槽とフラワーアレンジメントのコラボ作品

P8250205
「行燈水槽」横から観ると何とも風情があります

P8250208
水槽のなかに透明な万華鏡が設置されていて
のぞくと不思議な映像が楽しめます

P8250209
水墨画風の映像をと泳ぐ金魚が幻想的な世界に誘う
「屏風水槽」

2011/08/25

イタリアにおける「歳の差婚」には移民問題も絡んでいるようです

今日は日本とイタリアの文化交流サロン
「アッティコ」代表でローマ在住の
村本幸枝さんから届いたメールを紹介します。
タイトルは『歳の差婚〜イタリア編〜』
どこの国でも男性は若い女性がお好き?
これは古今東西に共通したことですが、
イタリアの場合は移民問題も絡んでいるようです。
ではどうぞ。

アラフィーの私にはあまり喜ばしくない事実ですが、
経済力のある男性は二度目、三度目の結婚相手に
歳の離れた女性を選ぶケースが多々。
私の知人にも40歳年下の女性と再婚した
イタリアの男性が二人ほど。
経済力のほどはわかりませんが、
二人ともインテリで人生経験が豊富。
超若妻たちは、安心して頼れる彼らの包容力と
知性に惹かれたのでしょうね…。
ベルルスコーニ首相と当時未成年だった女性の
関係が明るみに出て社会問題に。
騒動の後、首相は奥さんに捨てられた、
という極端なケースもありました…。(笑うに笑えない)

最近、イタリアでよく耳にする現象は
経済的に安定している、
歳のいった、
離婚歴または奥さんに先立たれた男性
(家持ち、年金生活、子供たちはすでに独立) と
若い移民女性が結婚するケース。

若妻たちの多くは、
もともと彼らの身の回りを世話していた家政婦の女性たち。
東欧出身が多いよう。
男性は一人暮らしの寂しさから免れることができるし、
女性は経済的に安定する上
滞在許可書 (望めば市民権) が得られる。
未亡人になってもご主人の年金が入ります。
こういった双方のメリットがうまい具合に
一致するのが理由のようです。
もちろん、愛情があってこそ、だと思いますが…。

ただ、イタリアで正式に離婚するには
5年はかかると言われているので
(3年の公式別居後、離婚手続に入る)、
まずは事実婚の形を取り、相手男性の離婚成立を待って
正式に結婚というケースも多し。
私たちに希望を与えてくれる?…(笑)、
女性が歳下の男性といっしょになる
パターンも最近は増えています。
私の好きな女優、
ヴァレリア・ゴリーノもその一人。
数年前に共演した13歳下のリカルド・スカマルチョと
現在も仲睦まじく暮らしています。

ちなみにイタリアの代表的な歳の差結婚と言えば…

ルノーF1元チーム代表で、実業家のブリアトーレが 3年前、
58歳で30歳下のタレント、エリザベッタ・グレゴラーチと。
去年息子が誕生。

フェッラーリ会長のモンテゼモロが2度の離婚後、
11年前、24歳下のルドヴィーカ・アンドレオーニと。

パヴァロッティが、晩年、当時秘書だった
34歳下の ニコレッタ・マントヴァーニと。

語り継がれている歳の差婚はイタリアを代表する
小説家のアルベルト・モラヴィア。
55歳の時に、2度目の結婚で、29歳下の作家、
ダーチャ・マライーニと、晩年78歳の時に、
45歳下の女性と3度目の結婚を果たしております。

男性の方々、若い女性を落とすには、
経済力&知性と共に体力と気力も必要ですねぇ。

日本にいたってイタリアは楽しめる!
がモットーのアッティコでは語学から料理まで
さまざまな講座、イベントを開催しています。
http://www.attico.net/

2011/08/24

来年は日本人初のメジャーリーグ審判が誕生するかもしれません

もと横浜ベイスターズの中心選手で
現在は広島で活躍するベテラン、
石井琢郎さんが本日付けのブログで
気になることを書いていました。
昨夜は横浜に0-1で敗れただけに
タイトルは「イタイ!」
気になるのが以下の文章。
「これからは、横浜というチームが
ひとつのキーポイントになってくるわけで。
横浜に食われるチームというのが
間違いなく、落ちていきます」
なるほど~。と微妙に納得してしまった。
複雑な心境。

本日は日本人初の
メジャーリーグ審判を目指す平林岳さんの著作
『パ・リーグ審判、メジャーに挑戦す』(光文社新書)の
話をしようと思います。
審判だからこそ痛感するベースボールと野球の違い。
7軍まであるアメリカ野球の裾野の広さ。
選手も審判もメジャーリーガーは
アメリカンドリームの達成者であり、
それ以外は季節労働者に過ぎない、という
徹底した階級意識など、
興味深いエピソードがたくさん語られていますが、
なかでも、メジャーにおいては
球場のなかで優先順位が一番高いのはファン。
ファンのためによいゲーム進行ができるよう、
審判の権威が高く保たれている。
という見解は納得です。

2006年のWBCで世紀の誤審(日本からすれば)、
をやらかしてくれた審判、ボブ・デービッドソンに
ついても冷静なコメントがなされていました。

ご本人のブログによれば
平林岳さんは現在3A、日本でいうところの
2軍の審判まで昇進しています。
日本人初のメジャーリーグ審判誕生までもう少し!
オフィシャルブログ
http://old-rookie.aspota.jp/2011/08/post_407.html

2011/08/23

ジャッキー・ロビンソンの背番号42は大リーグ全球団で永久欠番です。

今日は午前中、大倉集古館で開催されている
『美術に視る音色』を観てきました。
これは大倉集古館が所蔵する日本・東洋美術品の
なかから楽器が描かれた絵画を中心に展示しているもの。
伊東深水の「小雨」や鏑木清方の「七夕」などの
名作が涼を感じさせてくれた。
ところで、今日知ったことだけど、
大倉財閥の2代目で日本文化の大パトロンとして
知られた大倉喜七郎は自ら楽器も奏でるほどの
音楽好きだったが、
彼は尺八とフルートを合体させた和洋折衷の楽器、
「オークラウロ」を考案・制作したといいう。
昔の富豪は高貴だったんですね。

今日の「私を野球場に連れてって」のコーナーでは
黒人初の大リーガーとして
差別と戦いながらも立派な成績を残した
ジャッキー・ロビンソンの話をしようと想います。
逆境のなか、常に紳士的な態度を崩さなかった
ロビンソンですが、ストレスは相当たまっていたよう。
彼は休日になるとゴルフボールを思いっきり
打ち続けたそうです。
そう、白い奴ら、をぶっ飛ばしたんですね。

「すべてのアメリカ人は、ジャッキーに感謝しよう。
彼のおかげで、アメリカはより強く豊かな国になれた」
クリントン元大統領がそう讃えた彼の背番号42は、
大リーグの全球団で永久欠番になっています。
42といえば、日本では嫌われがちな数字ですが
来日したプレーヤーのなかにはあえて
この番号を選ぶ選手もいます。
横浜ベイスターズの42はブレット・ハーパーですし、
かつて在籍したクルーン投手も42でした。

2011/08/22

トウモロコシ畑の中のケビン・コスナーは30センチの台に乗っていた!

土曜日は礒江毅さんの回顧展を見るために
再び練馬区美術館へ。
午後3時から諏訪敦さんが礒江さんの
絵画やスペイン時代の思い出などを語る
トークショーがあったので、
それを拝聴してから作品を観た。
やっぱり、礒江さんも諏訪さんも凄い!
というありきたりの感想しか
いまは書けないけど、本当にそう思うから
そう書くしかない。
「礒江さんが亡くなった今でも絵に嫉妬する」
と語った諏訪さんの言葉が印象的だった。
僕らは写実絵画ときちんと向き合うべき。
そんな時代が来ているのかもしれいない。
この美術展は10月2日までの開催、
その後、10月22日~12月18日に
奈良県立美術館で開催される。

礒江さんの絵を見ていたら
ブラスコ・デ・ネブラの
ピアノ・ソナタが聴きたくなった。

先日、紹介した野球映画の傑作
『フィールド・オブ・ドリームス』は
ケビン・コスナーが亡き父親とキャッチボールを
する感動的なラストシーンで多くの人が
涙腺をゆるめたと思いますが、
その後のエンドロールでは
球場を目指す車のライトが長い列を作り、
この球場に多くの人々が訪れるようになることを
示唆していました。
「それを作れば、彼はやって来る」
その声は映画のなかだけではなく、
本当の現実となったのです。
その詳細なレポート、
“それからの『フィールド・オブ・ドリームス』”
として書かれた1冊が
『夢の球場の巡礼者たち』
(ブレッド・H・マンデル 草思社)です。
映画のロケ地となったのはアイオワ州の
のどかな田舎町ダイヤーズヴィル
(ヘミングウェイの祖先がイギリスから住みついた町、
なんだそう)。
農地を提供した2組の農家は撮影終了後も球場を残し、
御土産屋の増設など多少の手を加えただけで、
無料開放することに決めました。
すると、全米はもとより世界各国から人々が訪れる
ようになり、その数は年間5万人にも達しました。
訪れたのは熱心な映画ファンだけではありません。
飛行機事故で失った息子と最後に観た
『フィールド・オブ・ドリームス』の記憶を抱えた父親。
キャッチボールをして壊れた関係を修復する父と息子。
ファウルラインにそって歩くだけで癒される家族。
“目をあけたまま夢を見たのは、これがはじめてだ”
と映画と同じ言葉を語る人。
2人の球場所有者は、自分たちの土地を歩きまわる人々がたんに
物見遊山の観光客ではないことを理解しました。
(選挙キャンペーンに利用する政治家もいたが~)
彼らにとってここは娯楽の場ではなく、聖地。
映画と同じように
実生活に生きる人々にとっての
和解とセカンドチャンスのための場、なのだと。
実際、所有者の1人ダン・ランシングは
亡き夫との思い出を追体験するために
球場を訪れた女性と結婚しています。

アメリカの人々にとってベースボールは
スポーツを超えた存在であることを教えて
くれる素敵な1冊でした。

ところで、この本では撮影中のエピソードも紹介されています。
トウモロコシの成長を映画の撮影に間に合わせるよう
人工の池を作ってまで給水したが、かえって成長しすぎてしまった。
そのため、ケビン・コスナーがトウモロコシ畑で
声を聞くシーンでは高さ30センチの台に乗っていたそうです。
1272

2011/08/19

ピッツェッティの『夏の協奏曲』をたっぷり聴いてください

今日は20世紀、イタリアの作曲家
イルデブランド・ピッツェッティの代表作
「夏の協奏曲」(1928年)を初めてオンエアします。
(僕も昨日知ったばかり~)
ピッツェッティは1880年、パルマ生まれ。
ピアニストで音楽教師でもあった父親から
最初の音楽教育を受けました。
後年、彼自身も教壇に立っていて、
教え子のなかにギター協奏曲で知られる
テデスコやニーノ・ロータがいました。
レスピーギの後任として国立サンタ・チェチリア音楽院で教え、
後に院長も務めました。
作曲家としてのピツェッティは
“古典に帰れ!”をモットーとし
当時流行りの現代音楽には嫌悪感を示していたそうです。
1928年に作曲された「夏の協奏曲」も
そこはかとなくバロックの雰囲気が漂っています。

このピッツェッティ、生前はとても高名な人でしたが
死後半世紀近くが過ぎた今、
広く聴かれているとはいえません。
同時代のレスピーギに比べれば、
その差は歴然ですよね。
ムッソリーニと親しかったから戦後、黙殺された。
そう指摘する研究者もいるそうです。
ムッソリーニとピッツェッティの関係が
どれほど親密なものだったのかは分かりませんが
ムッソリーニが芸術愛好家だったことは確か。
ヴェネツィア映画祭もかつては最高賞を
ムッソリーニ賞と定めていたのです。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
今日は横浜トリエンナーレの情報をお届けします。
金曜日は横浜のバー物語です。
P8130154
先週土曜日に中華街の老舗
『ウィンドジャマー』で呑んだ、
オリジナルカクテル「ジャックター」。
かなりハードボイルドな味であります。

2011/08/18

セミさん、セミさん、我が家のベランダで死なないで!

我が家のベランダや玄関ポーチでセミが死んでいる。
たった1週間の命なんだから、
公園の木陰とか川縁の草むらなど
もっと涼しくて穏やかな場所を選んで
最期のときを迎えればいいのに、
なんでわざわざ暑くて硬い、コンクリートの上を
選ぶのだろうか?
しかもなかなか死なない。
供養してやろう手を伸ばしたら
突然、暴れ出してグルグル回りはじめるではないか。
あれは正直、驚く。というよりビビる。
先日、網戸をあけたらセミがリビングに
飛び込んできて大騒ぎしたこともある。
恩を仇で返しやがって!
とムカツク自分が情けなかったりもする。
これがゴキブリだったら殺虫剤を
大量に噴射して即死させるのだが、
セミにそんな惨いことはできない。
でもセミもよくみると意外とグロい。

ということで、ほうきの先で軽く突っついて
動かないことを確認してから、
土の中に還してやるのでした。

五月蠅、と書いて「うるさい」と読むのなら
八月蝉、は「はかない」。
あるいはこちらこそが「うるさい」か。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
今日は横浜トリエンナーレの情報をお届けします。

2011/08/17

イタリア経済も大変なことになっているようで~

“阪神が金本と来期も契約”。
そんな記事を昨日読んで、
この時期に妙な発表するなぁ~?
と思っていたら今日の週刊誌報道。
ツートップ揃ってのスクープだから
かなり目立つ。
なんか関係あるのだろうか。

今日は日本とイタリアの文化交流サロン
「アッティコ」代表でローマ在住の
村本幸枝さんから届いたメールを紹介します。
タイトルは『大型台風がイタリアを襲う?!』
ではどうぞ。

8月15日のFerragosto (聖母被昇天の祝日)を挟む8月半ば。
夏休み真っ最中のイタリアを覆いつつある不吉な黒い雲。
楽しいはずのバカンスを手放しで喜べないイタリア人。
バカンスあけの9月、大型台風がイタリア全土を襲うかもしれない……。
そんな不安が辺りを覆っています。

経済危機が本格的に表面化しはじめたイタリア。
株価が暴落した先日、ベルルスコーニ首相のコメントは
『株価と実体経済は別もの』という内容でした。
(だから、そんなに騒ぎ立てる必要はないと…)

その数日後…。
イタリア政府は本格的なコスト削減案を提案。
『血がにじむほどの心の痛みだ』
そんな首相の前置きの上で出された主な案とは、

●人口30万人以下の37県の廃止
●人口1000人以下1500市の合併
(上記2案により54,000人のリストラを実現)
●所得税の増税
●公務員の賞与廃止(冬のボーナス)
●公務員の退職金2年間先送り
●女性の年金65歳から(2020年から2015年へ前倒し)
●投資による利益に対する税12.5%⇒20% 等々

その他、内容不明のエネルギー分野に課せられる
『ロビン・フッド税』なるものも浮上…。
(水道光熱費がこれ以上あがるのか?!)

大きな犠牲を被るのは地方自治体のよう。
54,000人が職を失うかもしれない危機にさらされているにも関わらず、
多少の所得税増税はあるものの、
国会議員の議席数や様々な特権的恩恵は現状維持なのだとか。

先日、テレビのファイナンシャル・ニュースで、
アメリカ人実業家がエネルギッシュな空気漂う新興国と
斜陽の先進国について語っていました。

『ないもの』を手に入れよう邁進する新興国
『あること』に慣れてしまっている豊かな先進国

そんなことを考えている時に届いた一通のメルマガが
日本に精通しているVittorio Volpi氏のコラムでした。
書かれたのは東日本大震災以前の昨年4月ですが、
それを読んでさらに考えさせられてしまいました。

東日本大震災、原発問題という大きな痛手を受けた私たち日本人 が
今後そこから何を学びとり、子供たちのためにどういう未来を築いていくのか、
本当に心の底から考え、そして実行せねばなりませんね。
(大人の務めとして)

以下、Vittorio Volpi氏のコラムです。ご一読を。
ミラノで活躍しているO女史が発行している
『Japan-Italy Business On-line』から。

http://www.japanitaly.com/jp/specialreports/jibusiness.html

日本にいたってイタリアは楽しめる!
がモットーのアッティコでは語学から料理まで
さまざまな講座、イベントを開催しています。
http://www.attico.net/

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
今日は日米野球の歴史上、
とても素晴らしい出来事と、悲しい事件があった日。
そのことについてお話します。

2011/08/16

『コクリコ坂から』が面白くなかったので、悔しくて『風の谷のナウシカ』を観直した

『コクリコ坂から』を観てしまった。
1963年の横浜を舞台に、ピュアな高校生たちの
奮闘と恋愛を描いた
“昔は良かったなぁ~”的懐古作品。
団塊世代の人には受けるのだろうか?
しかし、僕には全てがご都合主義に感じられ
まったく面白くなかった。
こんなにもつまらない映画を
大手メディアと大手代理店と自称・評論家が
手を組んで大宣伝し、
「名作」「大ヒット」と煽り立てているのだから
本当に恐ろしい。
まぁ、駄作と予想しつつ、
1,800円とビール450円を投企(投棄?)した僕も
情けないけど、横浜ベイスターズ企画が
進行中である以上、横浜を舞台にした映画を
無視することはできなかったのです。と言い訳。

(以下、ネタバレあり)
何故、恋に落ちた高校生カップルが
実は異母兄妹かもしれない、などという
「安っぽいメロドラマみたいな」
(映画のなかで当事者さえそう言っていた)
展開が必要だったのだろうか。
そして、何故あっさりと解決させてしまったのだろうか。
韓流ドラマ、いや日本の昼メロだって
もっとドロドロしたおぞましい展開で
観るものを惹き付けるのに。
それは宮崎ワールドではあり得ないけど、
近親恋愛を扱うのなら、それなりの覚悟と力技を持て!

映画館を出てからも、怒りと悔しさがおさまらず、
家でDVD『風の谷のナウシカ』を観る。
(途中早送りあり)
劇場公開から25年以上過ぎたけど
何度観ても、やっぱりいい!
宮崎駿の原点であり、到達点だと思う。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
今日は大リーグ史上、最大のヒーローにして
今日が命日のベーブ・ルースの話をします。

2011/08/15

終戦記念日に新聞は休刊か~。

今日だからこそ伝えるべき記事は
たくさんあると思うけど……。

今年、66回目の終戦記念日は
いつもとはまた違った意味がある日。
大震災、原発事故、先の見えない円高、
そして政治の混迷、というより堕落。
「何かが終わった」「終わらせなければいけない」
そんな思いを誰もが抱いたなかでの終戦記念日だ、
僕はそう考えている。
その「何か」って何だろうと考えていて
思い出したのが
「もはや戦後ではない」という言葉だった。
日本が高度成長期へ入ったことを象徴する
この言葉が流行したのが1956年。
その宣言通り、日本は経済大国への道を邁進した。
原子力基本法が施行されたのもこの年だった。
そして日本はいつのまにか太平洋に浮かんだ
「遊園地」のような国になった。
いつも明るくて、いつも賑やかな「遊園地」。
多少の問題はあったけど、誰もが楽しんだはずだ。
でも、もう浮かれてはいられない。
「もはや戦後ではない」時代は終わり、
「遊園地」は閉館時間だ。
それが「何か」を終わらせることのような気もする。
そのために個人にできることは限られているけど、
それでも何かしないといけない。
ちなみに評論家の大宅壮一が
テレビ文化への警告として「一億総白痴化」運動と
論じたのは1957年のことだった。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
金曜日は横浜のバーを紹介します。
今日はベースボールを題材にした2本の映画
『プリティ・リーグ』と
『オールド・ルーキー』を紹介します。

2011/08/12

映画『黄色い星の子供たち』ユダヤ系のメラニー・ロランはどんな想いで演じたのだろうか?

今日の読売新聞朝刊で岡村正という
商工会議所のトップが
「原子力は電力の安定供給源として外せない」と
発言していた。
この人、元東芝の社長。名前覚えておこう。

昨夜は銀座で映画『黄色い星の子供たち』を観る。
原題は『La Rafle』
フランス語で一斉検挙、という意味。
本田さんに教えてもらった。

この映画は第二次大戦中にフランスで起こった
事件、いや犯罪を忠実に描いている。
1942年7月16日。パリ。
ナチスに協力的だったヴィシー政権は
13,000人以上のユダヤ人を一斉に検挙し、
ヴェル・ディヴ、冬季競輪場に連行する。
ドイツ側は子供の除外を提案したが、
フランスは国が孤児の面倒を見きれない、
親子は一緒にいなければいけないという
“人道的な理由”でこれを拒む。
そして連行されたユダヤ人のほぼ全員が
アウシュヴィッツに送られた。
レジスタンスの国フランスが犯したこの犯罪は、
長らくタブー視され、
事件そのものを知らない国民が大勢を占めていた。
フランスが国家としてこの犯罪を認めたのは
戦後半世紀が過ぎた1995年のこと。
シラク大統領が公式に謝罪した。

というかなり重い事実をテーマにしているだけに
映画もかなり重いトーンで貫かれていて
最後に見える微かな希望のシーン
(ドビュッシーの『月の光』が流れる)でさえ、
輝きを失った子供の瞳が気になってしまった。
本当ならかなり打ちのめされてしかるべき映画。
しかしこの『ヴェル・ディヴ事件』については
小説『サラの鍵』ですでに知っていたので、
途中で展開が見えてしまったのが残念。
ドキュメンタリー性の強い映画であり、
製作者の意図は理解できるけど、
映画ならではのフィクションをもう少し
加えて欲しかったというのが正直な感想。

ユダヤ人ではない看護婦を演じた
メラニー・ロランはユダヤ家系であり
祖父はナチスの迫害を受けたという。
どんな思いで演じたのだろうか。
なお、映画『サラの鍵』は
去年の東京国際映画祭に出品され
ようやく今年12月に一般上映される。

映画の後、
マティーニを一杯だけ飲みたくなって
久しぶりに『スター・バー』へ。
案の定、一杯どころか
グイグイ呑んでしまい
深夜の銀座を千鳥足で歩いていた。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
金曜日は横浜のバーを紹介します。

2011/08/11

小出裕章さんの本を読んで落ち込んでます

今や反原発のシンボルになった小出裕章さんの著書
『原発のウソ』(扶桑社新書)、
『原発はいらない』(幻冬舎ルネッサンス新書)
を続けて読む。
落ち込んだ。
原発が、放射能が、本当に恐ろしいものであり、
人智を超えた怪物であることを思い知らされ、
無関心であり続けた自分に嫌悪感を抱いた。

「原発は絶対に安全とは言えないけど、
日本には必要だから、何処かに、誰かに
引き受けてもらうしかない。
その分、経済的に支援すればいい」

3月11日までは
僕を含めて多くの日本人がそう思っていたはずだ。
沖縄の基地問題と同じ。
差別の構造。
実際、「結局は金!」と言い切った学者もいたけど
あの偉そうなおじさんを責めるのは天に唾するようなものだと思う
(彼の罪は重いけど)。

小出さんは原発推進派の2大根拠に対して
はっきり嘘だと指摘している。
つまり
「原発は環境に優しい」
「原発がなければ電気が足りない」
このいずれをも学者として論破している。
もちろん、他の学者の意見も学ぶ必要はあるが、
原発なしでも電気需要がまかなえるなら
その方がいいに決まっている。
日本には稼働休止中の火力発電所がたくさんあるらしい。

敗戦国である日本は戦後、原子力の研究を
禁止されてしまった。
日本は原子力後進国なのである。
それなのに他国の技術を頼って、原発を次々と建設した。
テレビでは、エコ、エコ。節電、節電。
そう連呼しているメーカーが携わってもいる。
原発に夢を託した研究者もたくさんいた。
小出さんもその一人であり、ある出来事をきっかけに
「原子力をやめることに役に立つ研究」に半生を捧げた人。
だが、先進国は確実に脱原発へと転向しはじめた。
昔は花形だった(研究対象としての)原発ももはや斜陽。
つまり、カッコいい学問ではなくなった。
この分野を選ぶ研究者は激減しているという。
進むにしろ、引くにしろ
原子力という怪物に立ち向かっていくには
日本のトップクラスの英知を結集させなければ
ならないのに、研究者が不足している。
これは本当に深刻な問題だ。
宇宙開発なんかより、この分野に
優秀な頭脳を集めたほうがいい! 
本当にそう思う。

その他、小出さんの著作から教えられたことは多い。
だからこそ、反小出の意見も読む必要がある。
とにかく、もう無関心ではいられない。
「もんじゅ」「六ヶ所村」「泊原発」etc.

現在、僕らは1人平均で1人、
12万キロカロリーのエネルギーを消費している。
小出さんは6万キロカロリーまで半減させることを提唱している。
1970年代の消費レベルだそうで、何の不便もないと思う。
「エネルギー消費を半分にしても大丈夫な文化を築くことに、
正面から取り組む時がきた」(『原発はいらない』213ページ)
今発売されている『週刊ポスト』に書いてあったけど、
テレビ1台を消せば、エアコン1台を消すより
1.7倍の節電効果があるそう。
メディアの末席を汚す人間としては痛い問題だ。
詳しくはネタ元である野村総研のレポートを。
http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/pdf/201104_fukkou6.pdf#search='

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
ウーゴ・ロンディノーネ 月の出、東、3月
毎週木曜日は、現在開催中である
横浜トリエンナーレから注目のアーティスト、作品を
紹介していきます。

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ウーゴ・ロンディノーネ
月の出、東、3月
(横浜美術館での展示)
Photo:Ellen Page Photography,New York
Courtesy the artist and Galerie Eva Presenhuber,Zurich

2011/08/10

野球のルーツのひとつはバイキングの故郷、北欧。船乗りたちのゲームでした。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。

アメリカには野球を学問的に調査・研究している
アメリカ野球学会(SABR セイバー)という組織があり、
約7000人の会員がいるそう。
この国がいかに野球を愛し、誇りにしているかの証でもあるが、
このセイバーの数少ない日本人会員の一人が
ノンフィクション作家の佐山和夫さんだ。
佐山さんはメジャーリーグに関する本をたくさん執筆していて、
僕も大いに参考にさせて頂いている。
例えば、『野球場で、観客はなぜ「野球に連れてって」を歌うのか?』
(アスキー新書)という1冊がある。
野球の七不思議を追う、という副題が示すように
野球に秘められた謎を解き明かし、
このスポーツの本質を教えてくれるファン必読の書だ。
なかでも、第六章
「野球では、なぜ走者がホームを踏まないと得点にならないのか?」
が面白い!
サッカーやバスケットボールなど他のボールゲームと異なり
野球では人間(つまり走者)がホームベースを踏まないと
得点にはならない。
特大ホームランを打っても塁を踏み忘れれば、無得点。
言われてみれば、不思議なルールだ。
佐山さんはこの謎の答をベースボールのルーツに求めた。
かなり大雑把に書くと、
野球のルーツのひとつの流れは、船乗り、バイキングの
故郷、北欧にまで遡ることができる。
海の男たちのゲームだったのだ。
海の男は航海にでたら必ず家に帰らなければいけない。
どんなに大漁でも、寄港地で大金を稼いでも、
家に帰って家族を安心させなければ意味がないのだ。
この海の男の掟が、野球の得点法の原点。
つまり内野は海、1~3塁は寄港地、
そしてホームは文字通り家、だから人間(走者)が
帰ってこなければいけない。
佐山さんは、そう推論している。
さらに佐山さんは、ホームに帰るのが人間の帰趨本能で
あるのなら、その妨げをする権利は誰にもないとして
本塁上での捕手のブロックを厳しく批判している。
クロスプレーは野球の醍醐味のひとつではあるが、
身体を張って本塁を隠してしまう行為は野球の
遠い歴史に背く反則であると指摘している。
今年もメジャーでは若い捕手が選手生命にかかわる大怪我をし、
「ルール変更」の必要を訴えている関係者もいるという。
ネットによれば、走者が捕手に激突する際の時速は29キロ。
衝撃は1.4トン。確かに危険だ。

2011/08/09

サッカーの大ファンだったショスタコーヴィチは公式審判員でもありました!

今日はショスタコーヴィチの命日です。
1975年8月9日、享年68歳でした。
ショスタコーヴィチといえば、
スターリンの独裁下で賞賛と批判、
栄光と屈辱の日々を生き抜いた人生だった
と伝えられれています。
何故、ショスタコーヴィチの作品は
反体制的、堕落していると糾弾され
彼はどう対処したのか?
その疑問にひとつの答を提示してくれるのが
『磔のロシア スターリンと芸術家たち』
(亀山郁夫 岩波現代文庫)。
これはドストエフスキーの新訳でも知られる
著者がスターリンによる粛清の時代をかい潜った
6人の作家や芸術家のサヴァイヴを記録した1冊です。
ショスタコーヴィチの項目タイトルは
「テロルと二枚舌」。
読んでみるとスターリンはショスタコーヴィチの
オペラを毛嫌いしたものの、作曲家本人には
さほど興味をもっていなかったこと。
弾圧の根本には上層部の権力闘争があった
ことなどが分かってきました。
もうひとつ。
辛い時期を耐え抜いたショスタコーヴィチの
最大の楽しみはサッカー観戦だったそうです。
彼は大のサッカー好きで公式審判員の資格まで
とっています。
そして彼がサッカー好きゆえに生まれた曲もありました。
Dsc02280 
ライトスタンドのポール際に飾られた
ルー・ゲーリックのプレート。
レフトスタンドにはベーブ・ルースが
飾られていますが、写真は撮ってません。
その日は阪神戦だったので~。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。

今日は横浜スタジアムに記念プレートが飾られている
元祖鉄人、ルー・ゲーリックについてお話しします。

2011/08/08

諏訪さんの絵を観に諏訪へ行ってきました。

諏訪敦さんの絵画展『どうせなにもみえない』を
観るために1泊2日で諏訪市美術館に行ってきました。
6日(土)の午後には諏訪さん自身によるトークショーも
開催されたので、こちらも参加させていただき
ご挨拶をすることもできました。
トークショーには(たぶん)250名以上の人が集まっていて、
諏訪さん本人も驚くほどの大盛況。
東京など、地元以外からの参加者も多く(僕ら夫婦もね)、
NHKの影響力の強さを改めて実感。
番組で紹介されていた作品『恵里子』も展示されていました。
この作品展は9月4日(日)まで開催されています。
昭和初期の歴史的建造物で、「帝冠様式」と呼ばれる和洋折衷の
不思議なたたずまいの美術館そのものも必見です。
諏訪市美術館公式サイト
http://www.city.suwa.lg.jp/www/info/detail.jsp?id=1886

諏訪さんは現在、練馬区立美術館で回顧展が開催されている、
故・礒江毅さんとも生前、知己を得ていて
その縁もあり20日(土)の15時からトークショーを行います。
練馬区立美術館公式サイト
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/

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諏訪市美術館。現代建築と和風のレンガ屋根の不思議な
組み合わせが「帝冠様式」。
昭和初期に日本の国力誇示のために
考え出され、満州などに多く建設されたそうです。

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ここまで来て素通りしたら罰が当たりそうなので、
諏訪大社も四箇所、参拝してきました。
諏訪大社のなかには、新宿の『三平食堂』の社長が
個人的に寄付した立派な鳥居があり、名前も刻まれていました。
諏訪、あるいは長野出身なんでしょうか?
『三平食堂』、学生時代によくいったなぁ~。

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岡本太郎さんが絶賛し、みのもんたさんが紹介したことで
近年、多くの人が訪れるという『万治の石仏』。
三週廻って願掛けするそうですが、疲れていたので~


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諏訪敦絵画作品集『どうせなにもみえない』(求龍堂)を購入して
サインしてもらいました。「サインください」って生まれて初めて言った。

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。

今日は、野球映画の傑作
『フィールド・オブ・ドリームス』についてお話します。
この作品はアメリカ人の野球への崇高な愛を描くとともに
アメリカが(というより世界が)失ってしまった
父性へのノスタルジーを描いた作品だと思います。
子供のいない僕が語るのもなんですが、
娘から一緒にお風呂に入ることを拒否されたとき。
息子がキャッチボールの相手をしてくれなくなったとき
(相手をしてあげていると思っていたのに~)。
それは子供の成長の証であると分かっていても、
父親にとってはかなりショックな事件であるはず。
父子にとってキャッチボールというのは
単なる遊戯以上の何かがあるような気がします。
女性にもそのことは良く分かる。
だからこそ、映画の静かなラストシーンに
多くの人がジーンとくるのではないでしょうか。

2011/08/05

週末は諏訪さんの絵を観に諏訪へ行ってきます。

この週末は大好きな画家、諏訪敦さんの個展を観るために
諏訪市美術館に行ってきます。
『どうせなにもみえない』という挑戦的な
タイトルに期待が膨らんでいます。
来週、たっぷりとご紹介する予定。
http://www.city.suwa.lg.jp/scmart/index.htm

Photo

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。

横浜にはグッド・バーがたくさんある。
なぜならここが港町だから。
日本のバー文化には主にふたつの源泉がある。
ひとつは旧外国人居留地にあったホテルのバー。
もうひとつは豪華客船のバー。
つまりはヨーロッパやアメリカの上流階級の
紳士淑女をもてなす社交場だった。
そこで見習いとして働いていた日本の男たちが、
カクテルの作り方や接客術を学び、
やがて独立して街場にバーを開くのだが、
彼らは日本人ならではの美意識で
狭く、仄暗い空間を好んだため、日本独特の
雰囲気をもったオーセンティック・バーが生まれていった。
ホテルと豪華客船。
この二つと縁の深い横浜にはグッド・バーが
生まれる土壌があったのだ。

たとえば、関東大震災によってホテルの多くが
壊滅的な打撃を受けたが、横浜では
ホテル再建のために予算を投入している。
貿易港として栄えていたこの街を復興させるためには
客をもてなすホテルが絶対に必要だったからだ。
そしてこの予算によって建てられたのが
ホテル・ニューグランドであり
ここのバー『シーガーディアンⅡ』は
サザンの歌にも登場するほどの有名店である。
ということで、今日は横浜BAR物語です。

そういえば、長い付き合いの
女性バーテンダーHさんは自分の店を閉め、
今は豪華客船のバーで働いているらしい。
ある意味、羨ましい人生である。

2011/08/04

「横浜トリエンナーレ」いよいよ6日から開催です!

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。

Dsc02275
先月、横浜スタジアムの近くで
こんなパフォーマンスしていました。


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これは関係者の方が送ってくれた写真。
横浜美術館の前に設置されているオブジェです。

いよいよ6日(土)から3カ月に渡って
国内最大のアートイベント
「横浜トリエンナーレ」が開催されます。
2001年の第1回開催以来、今回が4回目。
世界の現代アートが集結し、
また新たなアートを世界に発信するトリエンナーレは。
まさに港町横浜に相応しいイベントではないでしょうか。
トリエンナーレとは、イタリア語で「3年に一度」という意味。
「2年に一度」はビエンナーレ。
ヴェネツィアで開催される美術展が特に有名ですよね。

今回の「横浜トリエンナーレ」のタイトルは
「OUR MAGIC HOUR」。
-世界はどこまで知ることができるか?―
という問いかけのもと、
横浜美術館、日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)を
メイン会場に、世界や日常の不思議、魔法のような力、
さらには神話等に言及した作品に注目し、
国内外で活躍する現代美術家の作品をはじめ、
横浜美術館の所蔵品なども織り込んだ
ダイナミックな展示を企画します。
                           公式サイトより引用

先日、関係者の方とお話する機会があったのですが
鑑賞する作品はもちろん、訪れた人が参加する
インタラクティブ(双方向)な作品が、とても楽しいそうです。
また、同時期には横浜から新たなライフスタイルを提案する
「オープンヨコハマ」も開催され、
アート・文化・歴史・食など200を超えるイベントが予定されています。
昼はアート、夜はスタジアム。
8月は横浜デートが楽しそうですよ!

横浜トリエンナーレ 公式サイト
http://yokohamatriennale.jp/

オープン横浜公式サイト
http://www.invitation-yokohama.jp/

2011/08/03

始球式の投球が山なりなのはアンリトン・ルールの掟だから

8月の1ヶ月間は
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そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。

メジャーリーグ、そして日本のプロ野球にも
常識というか暗黙のルールというものがある。
例えば
●6回以降で5点以上リードしている場合は盗塁してはいけない。
●ホームランを打っても、大げさに喜んではいけない。
●5点以上リードしているときはボールカウント0-3からの
球をスイングしてはならない。
●ノーヒット・ノーランを阻止するためにバントをしてはならない。
とった掟である。

紳士協定というか、敵に恥をかかせてはいけないという
騎士道精神の表れともいえる。
野球は他のプロスポーツと比べ、
年間に同一チームと対戦する試合数が圧倒的に多い。
長いシーズンを通して何度も顔を合わせるのだから、
なるべく遺恨を残さない、
恨みを持たれないようにしようという気配りでもあるのだろう。
これを破れば、相手チームから批判され、
ときに痛い報復を受けることもある。
メジャー1年目のイチロー選手も洗礼を受けたという。

ここまでは以前から知っていたことだが、
このアンリトン・ルール(unwritten rules)、
実は同じチームの選手間、審判、メディア、ファンなどにも
存在するという。
『メジャーリーグの書かれざるルール』
(ポール・ディクソン 朝日新聞出版)には
次のような例が書かれていた。
●チームメイトを裏切ってはいけない。例え法廷で宣誓をした後でも。
●審判は塁上の事件を防止するために「みなし判定」を行ってもよい。
 これをファントム・タグ、という。
●味方投手がノーヒット・ノーランを達成しようとしているときは
 口に出してはいけない。これは実況アナウンサーも同様。
アナウンサーがこのルールを守らなかったが故に、
ニューヨークメッツではいまだに完全試合投手が誕生していない、という。
でもこのルール、少なくても最近の日本では完全に無視されているよう。
始球式にもアンリトン・ルールがある。
つまり、投げる側はたとえ野球の素人であっても
ワンバウンドさせて(試合開始前に)
ホームベースを汚してはいけないというのだ。
なるほど。
開幕戦の始球式に登場する老人やアイドルが
みな必死になって山なりのボールを投げ、
何とかノーバウンドでキャッチャーに捕球してもらっている
姿を思い出した。
往年の名選手に頼めばいいのに。

2011/08/02

42歳で大リーグ入りした「史上最高の投手」サチェル・ペイジ

8月の1ヶ月間は
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
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横浜ベイスターズの大黒柱といえば、
やはり“ハマの番長”こと三浦大輔投手だ。
92年以来、20年に渡って活躍してきた
ベイスターズ一筋の生え抜きでもある。
しかし、昨年は16試合で3勝8敗に終わり
「チームも自分自身も一番成績が悪かった」と
振り返った。
今年で38歳を迎えることから、
一時期は引退の心配もされていたが、
今年は自慢のストレートもコンスタントに
140キロを超えるまでに復調している。
三浦選手、まだまだ老け込む年齢ではない!
海の向こうでは、なんと42歳で
メジャーリーグ入りした
伝説の投手サチェル・ペイジがいるのだから。

多くの関係者が「史上最高の投手」と讃え、
火の玉投手として知られるボブ・フェラーが
「彼のストレートに比べれば俺の球はチェンジアップ」
と認めたサチェル・ペイジ。
彼は1906年、アラバマ州に生まれた黒人選手。
1920~40年代、彼は黒人リーグで
驚異的な成績を残し、大スターとなった。
160キロを超えるスピード。
ホームベース上にガムの包み紙を置き
その上を通過させるコントロール。
外野手を全て引きあげさせてから三振をとるパフォーマンス。
夜遊びの後、三塁ベース上で仮眠をとってからマウンドに
あがったというエピソード。
話半分としても彼が突出した選手であるという事実には
代わりは無い。
彼の人気を頼って多くの黒人球団が彼と契約を結んだ。
今では考えられないが、当時は1試合のみの契約もあったそうだ。
結果、ペイジは生涯に250ものチームを渡り歩き、
チームごとにユニホームを変えるのも面倒なので、
自分専用のユニホームを着用してプレーしたという。
これほどの選手がもし、最初からメジャーでプレーしていたなら
歴史に名を残すヒーローになっていたに違いない。
だが人種差別の壁は厚かった。
彼がメジャー入りしたのは1948年のシーズン途中、
42歳のときである。ピークは過ぎていた。
しかし彼は6勝1敗という好成績を残している。
翌年には球団経営の問題から解雇されたが、
45歳で再びメジャーのマウンドに立っている。
最後の登板は何と59歳のときだった。
もちろんメジャーリーグの最年長登板記録だ。

1971年、メジャー関係者は
サチェル・ペイジが10年以上の在籍という条件を
を満たしていないもかかわらず、
彼を無視するのであればそれは
Hall of Fame(名誉の殿堂) ではなく
Hall of Shame(恥の殿堂)であるとして、
彼の野球殿堂入りを認めた。

とここまで書いておいてふと心配になったのですが、
何も僕は三浦投手にメジャー挑戦を勧めている訳ではありません。
生涯、ハマの番長でいてほしいと思っています。

なお、サチェル・ペイジと黒人リーグについては
佐山和夫さんの著作
『史上最高の投手はだれか』(潮出版社)
『大リーグを超えた草野球』(彩流社)
に詳しく書かれています。

2011/08/01

今月はベイスターズとベースボール、そして横浜を熱く語ります!

オッターヴァ・モデラートでは
今日から1ヶ月間に渡って
『ベイスターズ応援企画~私を野球場に連れてって~』
のコーナーを設けて、みなさんに
野球の面白さ、ベイスターズの魅力、
そして横浜デートへのお誘いをしていきたいと思います。
ご存知のように横浜ベイスターズのオーナーはTBS。
しかし、残念ながら今季の成績はいまひとつ。
「これはいかん!
テレビ、ラジオ共に我らが仲間、ベイスターズを
もっと応援しなければ!
オッターヴァも何か協力しなさい!」
という鶴の一声がありまして、
最初の職歴がテニス雑誌の編集者だったということもあり、
オッターヴァのプレゼンターのなかでは
スポーツに一番詳しそうだと判断された僕に、
(ありがたくも)白羽の矢が立ったわけであります。
そこで、
横浜ベイスターズの応援はもちろん、
不思議なスポーツ「ベースボール」の歴史や
横浜という街の魅力についてもトークし、
ひとりでも多くの人に、
横浜、横浜スタジアムへ足を運んでいただけるような
内容にしたいと思っています。

「日本最初の」出来事がたくさんある港町横浜。
1934年、ルー・ゲ―リックやベーブ・ルースらを擁する
アメリカ選抜軍と沢村栄治らを擁する日本代表チームとの間で、
初の日米親善野球が行われたのも横浜だったのです。
横浜ほどベースボールを語る舞台に
相応しい街はないのかもしれません。
また、6日(土)から国内最大のアートイベント
「横浜トリエンナーレ」も開催されます。
昼はアート、夜はスタジアム、という
横浜デートはどうでしょうか。
もちろん、ナイター観戦のあとに
美味しいカクテルを飲める素敵なバーも紹介します。

第1回目の今日は、
アメリカの野球場では7回に必ず歌われる
「Take me out to the ball game」
~私を野球場に連れてって~
この歌の誕生エピソードです。
野球場にいるのに、野球場に連れてって、
と歌う不思議な詩のこの曲。
実は作詞者は野球にまったく興味がなく、
大リーグの試合を観たこともなかったそうです。

横浜ベイスターズ、横浜と共に
お送りする8月のモデラート。
聴いてくださった多くのリスナーの方が
「私を野球場に連れてって」と
思ってくださるよう頑張ります。

profile

清水 清

 テニス専門誌や幻の名雑誌といわれた『バッカス』の編集を経て、『エスクァイア』日本版編集部に。4年間を副編集長、5年間を編集長として在籍し、イタリアのスローフードやバリ、日本のBAR、沖縄、アートなど自分の趣味をそのまま誌面に反映させた特集に従事する。 『エスクァイア』退職後、4ヶ月間の石垣島生活を経て、現在に至る。座右の銘は「漂えど沈まず」。

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