ストラディヴァリウス(略してストラド)といえば、誰もが知っているヴァイオリンの名器ですが、その生みの親である楽器製作者アントニオ・ストラディヴァリが1737年の12月18日に亡くなっています。93歳まで長生きし、亡くなる直前まで楽器を作り続けた彼が残したヴァイオリンは1,200本あるといわれ、そのうち約600本の存在が確認されているそうです。
この600本を巡り様々なドラマが(時には国家をも巻き込んで)繰り広げられたのですが、なかでも人生をストラディヴァリウスに捧げた、と言っても過言でないのが19世紀に生きたルイージ・タリシオンというイタリア人ではないでしょうか。
1795年頃、ミラノ近郊の村で貧しい農民の子供として生まれたルイージ・タリシオン。彼は若いころ大工としての訓練を受けていたため、木や楽器については豊富な知識を持っていました。ヴァイオリンの演奏を趣味にしていた彼は、貴重なヴァイオリン、なかでもストラディヴァリウスを集めたいという思いが強くなり、20代の頃、イタリア中を旅してストラディヴァリウスを手に入れようとします。
土地の人々と親しくなって情報を入手し、高価なヴァイオリンをもっている人がいればすぐに会いに行きました。また修道院や貴族の館に行って、ヴァイオリンの修理をするうちにヴァイオリンの目利き、鑑定家となった彼は、価値のわからない持ち主から高価なヴァイオリンを安く買い集め、ときには古ぼけた(でも貴重な)ヴァイオリンを手に入れるため、自分が持っている新品と交換したりもしたそうです。時には詐欺まがいの手口も使ったそうですが、彼の審美眼は確かで、農家の壁に分解されたストラディヴァリウスの板の一部が立て掛けてあっただけで即座に見抜けたといいます。
そうして集めたヴァイオリンをもとに、楽器の販売を商売にするようになると彼はひとかどの財産を手にいれるようになりました。しかし、彼の人生の目標はただひとつ。ストラディヴァリウスを収集することだけ。結婚もせず、肉も食わず、粗末な衣をまとって、アパートの屋根裏に住み、倹約に倹約を重ねてお金を貯めてはストラディヴァリウスを集め続けたのです。手に入れたストラディヴァリウスを売ったり貸したりすれば贅沢な暮らしもできたのに、そんなことには興味なし。屋根裏部屋で愛しいストラディヴァリウスを眺めてはうっとりして暮らしていたのです。オタクですね。
ある日、タリシオンが数日間顔を見せないことを心配した大家さんが部屋に入ると、彼はストラディヴァリウスを2本胸に抱えたまま死んでいました。異臭漂う部屋には足の踏み場もないほどの楽器が散乱していたそうです。幸せな人生、恵まれた最後かもしれません。でも彼が残したストラディヴァリウスで大儲けした人がいるんですけどね。