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2009年12月

2009/12/31

終わりよければ・・

この時期恒例の話題と言えば、「1年の振り返り」でしょう。雑誌も、テレビも、ラジオも、職場でも、友人との間でも、「今年こんなことがあったなあ」と社会の話題から身近な話題まで振り返り、「そういえばずいぶん昔のような気がしていたが、今年のことだったんだ」と改めて驚いたりします。

作曲家のマーラーの友人が彼を別荘に訪ねた時、「この周りは素晴らしい自然が広がっているね」と言ったところ、マーラーは悠然と「これらすべてを作曲してしまったよ。僕の曲の中にはすべて詰まっているんだ」と答えたといいますが、音楽には、いろいろなものを込めることができます。それは、嬉しいことや楽しいことばかりではなく、時々つらいことや、悲しいこともあったりします。それらをすべて内包して物語を紡ぐために、クラシック曲は時として「長い」必要があるといってもよいでしょう。

そんな悲喜こもごもを乗せて、クラシック曲はクライマックスを迎えます。多くの交響曲の4楽章、ソナタでも大抵4楽章、オペラの幕切れ、組曲ではジーグ、それだけではなく、最後に作曲家のあらん限りの技法を誇示するために、変奏曲のあとにパッサカリアやフーガをつける場合もあります。「ファイナル」と名付けられて呼ばれる部分。終わりよければ、すべてよし、と多くのクラシック曲は「完全終止」という名の和音進行(コード)で終わる。だから終わった感があり、すっきりするのです。

今日は、ちょっと遅めの大掃除、またはお正月のおせちづくりも大変はかどる、「終わりよければすべてよしクラシック」(ちょっと長い!)です。もちろん、あの曲も、あります。

2009/12/30

ソビエトのカラ元気

東西冷戦があった時代には、お互いが壁を挟んで向こう側の様子を気にしていたわけですが、どうじに、「こちらのほうが素晴らしいぞ!」と宣伝合戦のようなことも行われていました。旧東側が力を入れたのが芸術、そしてスポーツ。人とお金を投入して、たとえば音楽においては西側東側を問わず国際コンクールに「勝てる」人材を送り込み、また、自国のオーケストラやバレエ団のレベルの高さを誇示するための、西側への公演などがありました。その機会を利用して、演奏家が亡命したりしたのは皮肉でしたが・・・。スポーツでも同じ。モスクワとロサンゼルスは互いのボイコット合戦となりましたが、オリンピックは常に東側の「エリート」たちが活躍する場でもありました。壁がなくなって20年たった今、状況は大分かわりましたね。

そんな東側の体制をほめたたえるために、芸術もゆがめられた時期もありました。と同時に、どうも政治的なスローガンをもったものは、昔から勇ましくなる。私は基本的に「ゆったりとして軽い」ラテンのものが好きということもあるので、「はっきりして押しの強い」音楽を聴くとなんとなく音楽以外の要素を思い浮かべてしまいます。ショスタコーヴィチのいくつかの交響曲はソビエトという体制の産物であり、ワグナーは先に音楽がありましたが、結果的にナチスに利用されました。

今日は、そんな、体制の中で比較的に「うまくやった」作曲家、ドミトリ・カバレフスキーの誕生日です。彼と彼以外の「元気な」作品をまずお送りしましょう。

そのあと、もう一人、誕生日の人がいます。彼の好きな曲も、かけたいと思います。

2009/12/29

照らすもの

地球上に生きる我々を照らしてくれるといったら、何より、太陽です。太陽系の恒星、太陽は、地球上の全ての生物にエネルギーを与えてくれていると言っても過言ではありませんし、太陽が無くなったら、全ての生物は遠からず死滅してしまうでしょう。でも、温室効果ガスによって地球が温暖化するのは太陽の熱があるからですし、我々の身の回りで「直射日光を避けてください」というものはたくさんありますね。

そして、芸術の分野でも、太陽の光を反射して輝いているだけなのに、月の方が出番が多かったり、「詩情をさそわれる」なんて持ち上げられたりしています。役割としてはずっと太陽の方が重要なのに、芸術では月の後塵を拝している感じです。

そんな、太陽、冬至を過ぎて少しずつ北半球では顔を出している時間が長くなりつつあります。今日は太陽を応援したいと思います。

太陽は、「道を照らしてくれるもの。」。そろそろ「初日の出」のシーズンでもあります。

2009/12/28

絵と音楽の微妙な関係

絵と音楽、両方とも芸術の大きな分野です。

ただ、その関係となると、難しいものがあります。「音を感じさせる絵」というのがいいものなのか、「物音が聞こえないぐらい静かな状況を再現している絵」がよいのか。交響詩のように物語があって、絵を想像できるものがよいのか、それとも絵のような具体的なイメージでは表現できないものを表現する「絶対音楽」がよいのか?答えは出ませんし、答えは一つではないでしょう。

もちろん、音楽ではオペラのように、演出=絵につける音楽、というものもありますし、多くの絵画の展覧会では、会場に流れるかすかな音楽に非常に気を使います。私自身、昨年はフランスの画家オディロン・ルドンの作品を扱った展覧会「ルドンの黒」における絵をモチーフとした映像作品(DVD)に、フランスのピアノ曲をつける、というお仕事をさせていただきました。

それでも、絵と音楽は、近いようで遠い。大体美術館と演奏会場は近いところに建っていますが、美術館で展覧会中に演奏したり、オーケストラのコンサート会場に、絵も飾る、というのはあまり見ません。

今日は、そんな中で、絵をモチーフにした曲と、画家をモチーフにした曲をお送りします。

2009/12/25

みんな星を見上げる

OTTAVAスタジオでは、待降節に入ってから小さなものではありますが、クリスマスツリーがやってきました。最近ではガラスの細いチューブ、光ファイバーによって、手軽なクリスマスツリーでも本当にイルミネーションがきれいですね。

さらに、街をゆくと、かなり巨大なクリスマスツリーにも出会います。先日ご紹介したイタリア・グッビオの町の「裏山全長650メートル」のツリーにはかないませんが、駅前や、キャンパスには飾り付けがさぞ大変だっただろうと思うような、大きな大きなツリーもありますね。

そんな、クリスマスツリー、イルミネーションに目を奪われますが、どのツリーでも共通なのが、天辺の「星」。これはベツレヘムの星・・・・キリストの誕生日に天空に現れ、羊飼いや東方の三博士を導いたと呼ばれる星の象徴です。

このことが聖書に記されているために、天文学的にこの星の出現を計算し、本当のイエス・キリストの誕生日を知ろう、という科学者たちが大勢いました。もちろん、木星説、金星説、彗星説、超新星爆発説・・いろいろあって、まちまちなのですが、どうやら、それが西暦0年ではなかった、ということだけが確かなようです。

今日は、クリスマス当日。日本より少し遅れてクリスマスイヴを迎えた西欧諸国のお話をしたり、クリスマスツリーに欠かせない飾りであったリンゴが落っこちたために、星の運行にかかわる重大な発見をした人のお話をしたり、する予定です。

2009/12/24

クリスマス・イヴのカルチェ・ラタン

クリスマス、日本でのものはよく批判されます。いわく、商業的になりすぎている、宗教的動機が薄いのにみんなで騒ぐ、本来老若男女みんなのため、家庭的であるはずのこの晩のつどいが、宣伝によって若いカップルのみにもてはやされている・・等々。神道信者や仏教徒では無いのに、お正月に神社仏閣に初詣をする日本ならではの現象、外国から見たら奇妙に見えるかもしれません。

しかし、本場ヨーロッパでクリスマスが厳格な宗教行事だけかというと、それも正確ではありません。アメリカで定着したらしいサンタクロースは子供に夢を与える存在となって各国で活躍します。ラテン諸国では「クリスマスの父」と呼ばれることが多くなっています。また、クリスマス=ロマンチック、またはクリスマス=パーティーという図式も、多少なりとも存在します。

というわけで、今日はクリスマスに相応しいプッチーニのオペラ、パリが舞台の「ラ・ボエーム」をお送りしましょう。

台本作者が、「この原作は詩があふれすぎていて、現実のドラマが少ない」と嘆いたぐらい、現実離れした男女のロマンチックな物語です。

2009/12/23

西へ東へ

ベルリンの壁が崩壊してからもう今年で20年、すでに「冷戦」という言葉が歴史上のことになっている若い人たちも沢山いると思いますが、私は、物ごころついた頃が冷戦真っただ中だったので、今でも「冷戦」の肌感覚が残っています。今まで見た新聞の一面の活字で、最も大きかったもののひとつが「ブレジネフ書記長死去」で、冷戦、というのはお互いに情報のカーテンがありながら、相手陣営の情報に敏感になっていた、というのも特徴で、冷戦構造が崩壊した現在のほうが、われわれ旧西側の一般の人間は「ロシア」について疎くなっているのではないか、とふと思ったりします。

冷戦が無くなって以来、「西側」「東側」という言葉は実体がないものになりつつありますが、古来より、人々にとって西、東、というのはいろいろなキーワードとともに語られてきました。ヨーロッパ中世の人間にとって、東、というのはエキゾチックな陸がいつまでも続くと考えられ、西、は海で行き止まり、とも考えられていました。それが大航海時代以降、どうやら地球は丸いらしい、ということになり、東は西に、西は東につながることになりましたが、それでも、長年培われてきた西と東のイメージは、残ることになったのです。

今日は、本来「東側物語」だったはずが、結局「西側物語」になって大ヒットを飛ばした作品と、西側の国のオペラに、「東の果て」の風俗を盛り込んだプッチーニのオペラが登場します。

2009/12/22

歌とドラマと近代と

歌によってルネッサンス時代にオペラを作り出したイタリアは、歌の宗教音楽に関しても本場でしたし、常にクラシック音楽における声楽の分野で先進国でした。

器楽、つまり鍵盤音楽や交響曲といったオーケストラの曲では、北方のドイツにイニシアチブを譲った面がありますが、オペラの量産能力とクオリティに関して、イタリアはいつでも一流国だったのです。

しかし・・・難しいのは、歴史と伝統があるということ。先週のベートーヴェン特集でつくづく思ったのは、その後の作曲家がベートーヴェンを超えなくてはならない、と思ってしまわざるを得ないぐらい、すばらしい作品を残したこと。イタリアのオペラも、歴史と伝統があるということは、すばらしい作品が沢山あるということ。それを超えなければいけないその後の作曲家は大変です。

新しい台本を探し、今までにない舞台を設定し、しかしあまり突飛に過ぎると観客に理解されない・・・それでも、19世紀後半、ある才能が出現します。彼は、近代になってわかるようになってきた遠い遠い東洋の国まで題材にとりいれます。

ジャコモ・プッチーニ。東洋の「干支」まで勉強して、新しいメカである自動車を愛したオペラの作曲家の、今日は誕生日です。

今週はプッチーニ・ウィークですが、今日は、個性豊かな「強いヒロイン」に登場してもらいましょう。

2009/12/21

闇と光の交代する日

私がOTTAVAスタジオに入るのは朝の5時台。夏ですと、もう夜が明けて朝のさわやかで静かな情景が見られますが、現在はまだ漆黒の闇の中です。

また、放送開始直前の6時台にもお天気の確認のため大きな窓のところに行くのですが、12月ですと、まだ夜の雰囲気が少し残った空の色です。

ただ、今日(正確に日本時間で言うとあす22日になりますが)が一番夜の長い日。冬至です。明日からは闇に代わって、少しずつですが、明りのある時間が長くなってきます。

古代ゲルマンの人たちは、そんな冬至の日を「再生の日」として祝っていたそうです。そして、その習慣を取り入れたキリスト教は、そこに最大の行事、「クリスマス」を重ねたとも言われています。

今日は、闇と光の交代する日であり、冬の頂点の日。「冬」をテーマとして、お送りします。

2009/12/18

ベートーヴェンの達成感

今週はベートーヴェンの誕生ウィークということで、毎日少しずつベートーヴェンの曲をお送りしましたが、これらは膨大なベートーヴェンの曲のごく一部分に過ぎません。そして、ベートーヴェンの曲は規模の大きいものをじっくりと聴きこんでもよいし、OTTAVAのように一部分聴いても魅力的だなあ、と私自身も感じました。

ベートーヴェンの曲の魅力は数限りなくありますが、大きなものに達成感、があります。言い換えれば、何か大きなひとつのことをやり終えた、十分に表現し終えた、という感触が、多くの曲で感じられるのです。これはひとつの要素、モチーフを手を変え品を変え展開し巨大な音の構築物を作る技術、常に前に進む推進力が感じられる曲を作る技術、そしてそれを収める最終部分、音楽用語ではコーダと呼ばれる部分をある程度長く作ることによって満足感を得る技術、などいろいろな作曲上の工夫があるのですが、ベートーヴェン本人が音楽を「一時の快楽のための軽快なもの」ではなく「なにかとても大事なものを表現する一手段」として認識していたことが一番大きいと思われます。

結局、ベートーヴェンの果たした役割は、「音楽の可能性の発見」ということになるのではないでしょうか。

もちろん、これは、クラシック音楽にとって良いことではありましたが、片方、悪影響もありました。

つまり、彼に続く後世の作曲家、いや、演奏家までもが「一曲の音楽によってなにかものすごいことを表現しなければならない」という呪縛に縛られてしまったことです。

音楽の味わい方はそれだけでは、ありません。どうぞ時々、「聴き飛ばして」ください。

2009/12/17

自分を演出

大和証券ホームページで「マネーとクラシック」を連載させていただいておりまして、現在ベートーヴェンを扱っています。書いていて思うのは、ベートーヴェンの客観性。

演奏家は舞台の上でいわば「見られる商売」ですから、ある程度自己演出にも気を配らざるを得ませんが、作曲家は多くの場合、楽譜を仕上げたら、あとは客席にいるか、もしくは自曲が演奏されていてもその場にいない場合が多い。仕込みが全て、本番は他人任せ、な商売なわけです。だから、身なりにもかまわなかったり、極端な場合人嫌いだったりすることもあります。

ところが、ベートーヴェンは自分の見せ方にもこだわったところがあります。自分の芸術家としての位置、そして肩書きでなく、ベートーヴェンという人格。ある程度それは成功して彼のお葬式にはウィーン市民2万人がやってきたといいますから、「有名人」になり得たわけです。そんなところに、私は最初はピアニストとしてウィーンにやってきたベートーヴェンの姿を見てしまいます。彼は、作品だけでなくベートーヴェンという自分を作って、ステージで自ら披露する、「作・演出・演奏家」だったのです。

今日は彼の誕生日とされる日です。楽聖の誕生日を音楽で祝いましょう。

2009/12/16

オリエント急行抹殺事件?

先だって「オリエント急行廃止」というようなニュースが流れましたが、あれは正確ではありませんでした。定期列車で「オリエント急行」のニックネームを持つ東行きの列車は確かにダイヤ改正で廃止されることになりましたが、我々がアガサ・クリスティの著作などでイメージするいわゆる「オリエント急行」はとうの昔に定期列車ではなく、観光不定期列車としてイスタンブール行きではなくヴェニス行きとして運行されていまして、これは、相変わらず「超豪華列車」として健在です。もっとも健在、といってもごく少数の「物好き」のための列車と化していますので、これだって廃止されてもおかしくないのですが、在りし日の欧州縦断列車の名残として、まだしばらくは存続しそうです。

ベルギー人のナゲルマケールスという実業家が企画した「オリエント急行」はその名の通り、オリエントの雰囲気そのものを売りにしていました。バルカン半島を横切って、アジアの入り口イスタンブールまで行くことは、列車の性格上、絶対に必要なことだったのです。旅といえば馬車か船しかない時代、鉄道での旅は最も速く、遠く見知らぬ土地に連れて行ってくれる、という「オーラ」が、豪華というだけでなく、この列車には必要でした。

現代は、月旅行まで売り出されているので、もう地球上に「秘境」は無いのかもしれませんが、人間はどこかで見知らぬ土地に惹かれているものです。

今日は、オリエント急行第1の通過国ハンガリーの作曲家と、おそらく同時代で最も幅広く旅をした作曲家の登場です。

2009/12/15

産業の米

産業の米、といえば、かつては鉄鋼を指していました。現代の我々にとって「鉄」とはあまりにも身近な金属、そのため、マテリアルとして話題に上ることは少なく、「カーボン繊維」とか「高分子化合物」なんかに比べて、忘れられたかのようです。

しかし、現代の人間にとって、もし鉄が無かったらどうなりましょう?他の素材が使われるようになったといっても、建築物も自動車も、鉄道も、全く存在できなくなります。そして、鉄は今でも超超高張力鋼など、新たなる可能性を目指して改良が続けられていますし、なんといってもコスト的にもこなれている・・・・ところが中国などの巨大な需要でこなれていたはずの価格が上昇してきた、というニュースで時々話題に上っていたりします。

今日は、この鉄、が主人公。もちろん鉄、と呼ばれる趣味も少しだけ登場。

世界一有名な鉄の芸術を生み出した人の誕生日です。

2009/12/14

定番の復讐劇

といえば、何といっても忠臣蔵。今日は討ち入りの当日にあたります。もちろん、江戸時代は旧暦でしたから、今の暦でいえば2月ごろ、だから「江戸本所松坂町」にも雪が降るわけですね。最近の東京では12月もめったに雪が降りませんから、ホワイトクリスマスも、忠臣蔵も、あまり現実感がわきません。

それでも、忠臣蔵はやっぱり人気。小説や、歌舞伎や、テレビの時代劇など、「どこかでなにかの形で取り上げられている」という演目ですね。それだけ「艱難辛苦に耐えて主君の無念を晴らす」という江戸時代の脚色が、日本人の心を打つわけです。討ち入りがあったのは事実ですが、忠臣蔵自体はその後の作者たちによる「味付け」のほうが今や多い、というのは皆がなんとなく気づいていますが、それでも、「喜んでまきこまれてしまう」、そんな物語であるものです。

忠臣蔵は、忠義、とか、武士の本懐、というような江戸時代の儒教的要素が強く感じられますが、いってしまえば「復讐」の物語でもあるわけです。だから吉良上野介は絶対的な悪役でなければならない。近年の研究では、吉良はそれほど悪い殿様でもなく、松の廊下事件は、むしろ、浅野内匠頭の「逆恨み」に近く、さらにそのあと家臣が討ち入るなどはもっとひどいことではあるのだが、むしろ、高家を疎ましく思った幕府が吉良を江戸城内から本所に屋敷替えさせることによって討ち入りを後押ししていた・・・などの説もあります。

では、西洋に目を転じて、復讐劇、というものはどんなものがあるでしょうか?騎士道は武士道とはだいぶ違いますから、少なくとも忠臣蔵というようなものは・・・ある?ない?

2009/12/11

日本列島を上空から眺めると、いかに山が多いか実感できます。普段平野に暮らしているとあまり自覚しませんが、日本は平野の横に山がある、地形では決してなくて、山の間に平野がある、といったほうがよい地形がほとんどですね。そのために、日本には山と暮らす知恵、山から受けた恵み、といったものが沢山あります。その山の面積が少なくなって、本来山に暮らす動物が平野にも現れた、というようなニュースを聞くと、人にも動物にも、そして山にとっても不幸なことなんだなと思ったりします。

ヨーロッパも山といえばアルプスというひときわ高い山脈があります。いまはスキーのシーズン真っ盛りといったところでしょうし、間もなく開催される冬季オリンピックにはこのあたりで練習を積んだ人たちも沢山出場するはずです。

そんなヨーロッパ最高峰モンブランを擁するフランスですが、じつは、日本と反対で「平らな国」。北部フランスは、本当にびっくりするぐらい、山がありません。せいぜい日本だったら丘陵、というような規模のもので、日本に対抗して高速鉄道を作る時、建設を楽にするためにトンネルを廃止した、というエピソードも頷けます。日本ではトンネルを避けてカーブの制限される高速鉄道の軌道を敷設するのはとても無理、いや、それどころか、最近の九州新幹線や東北新幹線の延伸部分は「ほとんどトンネル」といってもいい区間となっています。それだけ進んだトンネル技術が英仏海峡の海底トンネルの建設にも活用された、というのは喜ばしい話ですね。

今日は、国際山岳の日です。山に関するクラシックをお送りしましょう。

2009/12/10

偉大なる師

音楽家はかなりの確率で教育に携わる確率が高い。かくいう私もピアノを教えています。もともと学校教育のような集団授業よりも、「師弟関係」と呼ぶ方がふさわしい一種の職人芸的なものが演奏技術であり、作曲の技術ですから、いきおい、先生は大事です。私も、自分が教えるだけでなく、偉大なる師匠にいまだに学んでいます。

ところが、難しいのは、「良い音楽家は必ずしも良い先生ではない」ということ。演奏家における演奏技術、作曲家におけるインスピレーションはその人固有のものである場合が多く、これが突き抜けている人の中には、他人に教えたところでそのマエストロのできの悪い摸倣になってしまう、という事情であるとか、優れた演奏家など、天才肌、と呼ばれる人には、人に教えるなんてとんでもない、といわば「人嫌い」の性質を持つ人もいたりする、というケースなどが考えられます。

で、もっとややこしいのは、「必ずしも良い演奏家や作曲家でなくても良い先生である」場合もあることです。演奏や作曲といった本人のオリジナリティが問われる部分では超一流でなくても、超一流の技術・特色・作風を理解し、分析し、その要素を懇切丁寧に生徒たちに指導することが出来る、という先生は確かに存在します。これも、音楽の技術の伝達の一側面だと思います。

だからこそ、歴史上の音楽家の中で、本人が優れた作曲家で、演奏家で、かつまた非常に素晴らしい教師であるということがめずらしい、ということがおわかりいただけますでしょうか?

でも、そういう人もいるのです。それだけでなく、人格的にも優れた人であったために、弟子たちは、一種の「先生崇拝者たち」として呼ばれることにさえ、なりました。

先生の名は、セザール・フランク。弟子たちは「フランキスト」と呼ばれます。

今日は、フランキストなfrescoです。

(放送後追記)

フランスのアルザス地方からマルシェ・ド・ノエル(クリスマス市)が東京国際フォーラムにやってくる!

公式ホームページはこちら http://www.t-i-forum.co.jp/noel/

2009/12/09

二元論

YESかNOかをはっきり言う西洋とちがって、日本語はあいまいだ、意思表示を正確にしないから仕事がしにくい、YES NOをはっきり言わなくてトラブルに巻き込まれる、などとよく言われます。そのことを揶揄した漫画で、国際会議の席上、みんなが「ノウ」「ノン」「ナイン」「ニエット」と言っているのに、日本代表だけが「この件に関しましては、大変お答えしにくいのですが、あえて言えば、いや、どちらかと強いて言えば、否定的な見解とさせていただきたいと思う所存でございます」などと発言してみんながひっくりかえる、などというものもありました。

どうも日本語の立場は世界では不利なようですが、これは決して悪いことではありません。世の中の物事が善悪はっきりしないのはもうみんなわかっていますし、人の意志だって、黒か白かではなく灰色、というときの方が多いはずです。キリスト教文化では善悪二元論となりますが、その前の前期ローマ時代は唯一神どころか日本の八百万の神もびっくりな多神教を信じていた時代があり、その「ゆるさ」故に地中海を「我が海」といってしまう他民族大帝国を築いて維持できたのだといわれています。現代の紛争も、相手に対しての不寛容な宗教的感情が原因となっていることが、どれほど多いことか。

しかし、人間とは贅沢な生き物で、両極端を楽しんだりもします。つまり、暖かいところでアイスクリームを食べる。雪景色をあたたかい炬燵から眺める。辛い料理に甘い付け合わせ。最近流行の「塩のお菓子」も、甘いところにしょっぱさを加えています。星新一さんのショートショートに暑い部屋の次に涼しい部屋に入るだけ、という経験をした主人公が、「これが究極の贅沢なのか。」と気がつく、というものがありましたが、相反するものに惹かれるのも人間の本性の一つなのかもしれません。

今日は、両極端がいろいろ登場します。まず最初はゲーテの代表作から。

2009/12/08

冬の空

昨日の関東地方は、この時期らしい晴天がひろがりました。もちろん、その分寒くなりましたから、日が落ちてからは風が一層冷たく感じられましたが、それと引き換えに見えるようになるのが星。冬の日本列島の太平洋側は、空気が澄んで夜空がきれいに見えます。

ヨーロッパのこの時期は大体厚い雲に覆われることになりますから、いつも私はパリから日本へ到着して成田空港に降り立つと、晴天に日本を感じていました。

また、秋にはいくつかの流星群を見ることができますし、それだけではなく、夜空が迫ってくると感じられるほど星がきれいに見えます。クリスマスも近いですが、東方三博士をベツレヘムに招いたのはひときわ明るく輝く大きな星だったと伝えられています。

今日は、まず、星に思いをはせて、それから寒い国のお話もしましょう。

2009/12/07

ところ変われば蜜柑も変わる

ヨーロッパで長く暮らしていたときに、日本から遠く離れているのだな、という実感が感じられたのが、野菜や果物と接している時でした。いろいろあるのですが、今回はフルーツ、それも冬に似合う、みかんです。・・・といえば、フランスにはありません。すべて「オレンジ」となってしまうのです。正確にいえば日本独特の温州みかんが存在しない、ということです。ただ、ややこしいのですが、マンダランとかクレマンティーヌとよばれるマンダリンオレンジの小型のものはかなりみかんに近く、どう考えても違うオレンジの代わりにこれらを「みかん」として食べていました。それにしても、日本のいわゆる「みかん」は皮も柔らかく、食べるところが多く、そして冬のこの時期はお値段もこなれて庶民の味方です。もちろん、ビタミンCが豊富!風邪予防にはもってこいですね。

というわけで、私の「日本滞在の記憶」の一つがみかん、です。今でもオレンジジュースで「温州みかん限定」と書いてあると思わず買ってしまったりします。

ちなみに、天津の甘栗もそうですが、温州のみかん、も本家の温州にはこのようなみかんはなく、原産地は日本の鹿児島のようです。

2009/12/04

こだわりの物たちを生む国

今でもヨーロッパブランドというのは世界で珍重されています。品質的には他の地域の国で作られているものの方が優れていても、ヨーロッパのある国で作られた、というだけで歴史と品質とお値段が保証されるようなものが、いまだに数多くあります。

ブランド、とはある意味イメージ作りのビジネスですから、必ずしもその品質や手間を正確に反映しているとはいいかねる場合もあります。実際は耐久性が優れていなかったり、「看板倒れ」というようなものもあります。特に私など感じるのは衣類の縫製で、これは圧倒的にアジアのほうが品質が高い。もちろん同じブランドでもアジアで売る場合はアジアで作っていることが多いので、一緒ではないのですが、ヨーロッパの本国の衣類は糸も弱いように感じます。

・・と、ヨーロッパブランドを貶めるのが本意ではなく、そんなブランドを持つ国の中でも、ひときわ高品質的なイメージがあり、実際に質実剛健な製品を生み出している国があります。

イギリス。「英国王室御用達」だけで、800以上のアイテムが、それこそお菓子から衣類からイギリスで必ず活躍する傘に至るまで、ありますが、この国のブランドは信頼性もたかい。それがどうしてなのだか、もちろん謎ですが、ヨーロッパの他の国も、「イギリスのブランド」に寄せる信頼感は相当なものがあります。しかも、前世紀あたりから。

今日は、そんな隠れたブランド王国イギリスの音楽を多めにお送りします。残念ながら、クラシック音楽においては、「イギリス」は最も弱いブランドであったりします。

2009/12/03

北欧の風、パリの1908年

サンタクロースがトナカイの引くそりにのってやってくるというのは、北欧の物語がアメリカに入って発展したものだそうです。12月1日にお話ししたように、サンタ・クロースは、聖ニコラウスのオランダ語系、シンテ・クラウスがアメリカに入って変化したもの、そして、サンタ・クロースの赤い服装は某世界的清涼飲料水メーカーが広告につかったらしい・・・と「現代のクリスマス」はメイド・イン・アメリカ、いやチェンジ・イン・アメリカなものが多かったりします。

それでも、アメリカが発信源であろうと、現在はトルコとなっている小アジアの聖ニコラウスの伝説が元になっていようと、やっぱりサンタクロースには北欧が似合います。フィンランドは公式にサンタクロースの母国を名乗っています。今日はまず、冬の似合う北欧の音楽をお届けします。

そして、帝都ウィーンを経由した後、ベル・エポックのパリへご案内します。実際のサンタクロースもこのように時空と場所をとんでプレゼントを配るのでしょうか・・・

2009/12/02

皇帝という幻影

古代ローマ帝国初代皇帝とされるアウグストゥスは一度も自分が皇帝だと名乗ったことはありませんでした。それまで元老院による寡頭制をとっていた共和政ローマ、なにより独裁者が出現することを嫌っていましたから、カエサルの業績を受け継いだアウグストゥスはほぼ自分が皇帝と呼んでもよい権力を手にしたことを自覚していても、養父がひとびとの「危惧」によって暗殺されたことを身をもって知っていたので、用心深く、皇帝とは名乗らず、第一人者プリンチェプスで称号は押し通しました。それでも、業績を上げた軍司令官に対する尊称、インペラトールの名誉はたびたび受けましたから、この言葉が結局「皇帝」の語源となります。

事実上のローマ初代皇帝が皇帝と名乗ることを避けていたのに、中世ヨーロッパは皇帝の幻影にとらわれ続けます。ローマ帝国がキリスト教を公認し、宗教界最高権力者のローマ教皇という地位が確定すると、教皇から戴冠され世俗の権力を行使する存在は王でなく、王の王、皇帝でなければならない。そう考えられた中世以降、皇帝は権力はともかく、権威は絶大なものとなります。とはいうものの、叙任権闘争では、結局教皇権を超えることはできませんでしたが。

選帝侯と呼ばれる諸侯の選挙によって選ばれる神聖ローマ帝国皇帝、この称号自体がすでに幻影のようなものでしたが、本来は持ち回りとして意図されましたが、結局スイスが発祥の貴族、ハプスブルグ家の世襲となってきます。帝都ウィーンとハプスブルグ家の栄華は、現在東京で開催中の「THE ハプスブルグ」展でも見ることができます。

そんな長大な歴史と絶大な権威を背負った皇帝という位を、いとも簡単に名乗ってしまう男が現れました。フランス革命の硝煙の中から忽然と現れた男、ナポレオンがそうです。

今日は、皇帝という幻影を利用したナポレオンと、その栄華をさらに利用した甥のナポレオン三世、二人の戴冠式の日です。

クラシック音楽にも、皇帝という権威は、反映しています。まだ皇帝という存在が歴史の教科書の中に入ってしまう前の音楽だからです。

2009/12/01

最速クリスマス

パリのシャンゼリゼ通りの有名なクリスマスイルミネーションや、百貨店のイルミネーションは大体11月の最終週から始まることが多い。実は、あのイルミネーションの費用もあの規模になりますと結構しますから、ただ雰囲気で長期化は出来ません。シャンゼリゼほど有名でない通りのイルミネーションは、通りに面した商店の拠出した費用によってまかなわれているので、「今年は存続不可能か」みたいなニュースが流れたりするのもこの時期の話です。

・・・と書いていたら、イルミネーションを見に来る人たちのマナーや木に与える影響などの理由で久しく休止されていた、日本の元祖クリスマスイルミネーション、東京は表参道のクリスマス・イルミネーションが復活したとのニュースが入ってきました。昨日は点灯式、今日から本格的に、22時までの点灯となるようです。

また、昨日の大和総研の皆さんのリポートにありましたように、米国の先週の金曜日は感謝祭後の最初の黒字の金曜日、ことブラック・フライデーといい、クリスマス商戦のスタートの日となります。幸い、前年よりは0.5パーセントほど良かったようですが、これがバーゲンセールによる購買の前倒し、で無いことを祈ります・・

とにもかくにも、クリスマスシーズンが本格的に始まりました。12月最初の日のOTTAVA最初の生放送、「最速クリスマス」ということで、クリスマスにふさわしいクラシック・セレクトでお送りいたします。そのままクリスマスで聴いていたくなるように!

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本田聖嗣

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒。パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科を共にプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。在学中よりヨーロッパ各地で活動を始め、2000年秋、東京・紀尾井ホールにて、「馥郁たるパリの香り」のタイトルの下に日本国内ソロリサイタルデビュー。同タイトルでオクタヴィアレコードより2枚のアルバムも発売されている。

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