何でもない風景
昨日サティの音楽やブラームスの音楽を聴いていると、秋らしさがよりいっそう感じられてきました。ここのところはお天気がいいために気温がある程度日中は上昇していますが、私がOTTAVAスタジオ入りする早朝はこの季節になると真っ暗、従って気温も相当低くなってきています。
天気予報を見ていると、来週からは本格的な晩秋、というか冬の気温になりそうです。いよいよコートの出番といったところでしょうか。
今日も、晩秋にふさわしい、弦楽の響きからfrescoを始めたいと思います。そして、パリ郊外の秋の様子などをお話ししましょうか・・・・というのも、今日は、パリのすぐ郊外を何気なく描いた画家が登場するからです。印象派の一人なのですが、実は、印象派というフランス絵画の潮流は、絵の技法の改革であっただけでなく、「何でもなくそこにある風景」をある意味そのまんま描いてしまったことにあるのかもしれない、と思っているからっです。
それまでは古代ギリシャ風とかローマ風とか、どこかの楽園とか、聖書の土地とか、苦労して「架空の楽園」を描くことを要請されてきたアカデミズムから離れて、パリ郊外の「ごく普通の風景」を描いたら、案外それが美しかった、というところに発想の転換があり、また、幸運なことに街の風景の破壊を好まないフランスでは、印象派の描いた風景が現代でもそのまま残っているようなところがあります。
シスレーの描いた風景がそのまま残っています。1枚目はシスレーが暮らした家、2枚目は彼がその街、モレ・シュル・ロワンの風景を描いた絵、3枚目は彼の絵の中の橋の上から撮った写真、ほぼ同じ風景であることがおわかりいただけると思います。写真はいずれも私が一昨年現地で撮影してきたものです。





