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2009年10月

2009/10/30

何でもない風景

昨日サティの音楽やブラームスの音楽を聴いていると、秋らしさがよりいっそう感じられてきました。ここのところはお天気がいいために気温がある程度日中は上昇していますが、私がOTTAVAスタジオ入りする早朝はこの季節になると真っ暗、従って気温も相当低くなってきています。

天気予報を見ていると、来週からは本格的な晩秋、というか冬の気温になりそうです。いよいよコートの出番といったところでしょうか。

今日も、晩秋にふさわしい、弦楽の響きからfrescoを始めたいと思います。そして、パリ郊外の秋の様子などをお話ししましょうか・・・・というのも、今日は、パリのすぐ郊外を何気なく描いた画家が登場するからです。印象派の一人なのですが、実は、印象派というフランス絵画の潮流は、絵の技法の改革であっただけでなく、「何でもなくそこにある風景」をある意味そのまんま描いてしまったことにあるのかもしれない、と思っているからっです。

それまでは古代ギリシャ風とかローマ風とか、どこかの楽園とか、聖書の土地とか、苦労して「架空の楽園」を描くことを要請されてきたアカデミズムから離れて、パリ郊外の「ごく普通の風景」を描いたら、案外それが美しかった、というところに発想の転換があり、また、幸運なことに街の風景の破壊を好まないフランスでは、印象派の描いた風景が現代でもそのまま残っているようなところがあります。

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シスレーの描いた風景がそのまま残っています。1枚目はシスレーが暮らした家、2枚目は彼がその街、モレ・シュル・ロワンの風景を描いた絵、3枚目は彼の絵の中の橋の上から撮った写真、ほぼ同じ風景であることがおわかりいただけると思います。写真はいずれも私が一昨年現地で撮影してきたものです。

2009/10/29

即興で踊りましょう

踊り。ダンス。うれしいとき、楽しいとき。発散したいとき、ひとは踊ってきました。日本でも盆踊りから社交ダンス、クラブでのダンスとそれぞれ幅広い世代に幅広い種類の踊りがありますが、必ずしもみんなが踊るわけではありません。フランスでは友人の家に集まるホームパーティでも最後はダンス、または、結婚式の二次会もダンスと、かなり踊りが身近です。パリ中心部のある超高級ホテルの大広間で、結婚式を終えた新郎新婦と来賓がディスコミュージックに合わせてミラーボールのきらめきの中、激しい踊りを踊りまくっているのを見て驚いた記憶があります。ご年配の方ほどノリノリだったりして、「ちょっと日本の結婚式ではあり得ないなあ・・・和服だと難しいし・・」などと考えてしまいました。

踊りは基本的には即興です。ステップは決まっているものもありますが、フロアの大きさによって、その面積に入っている人たちの「人口密度」によって使える床面積が変わるわけですから、ダンスはそのときにあわせて臨機応変に変えるのが普通ですね。

ということで、今日は「即興」と「踊り」をお題に即興でお話ししたいと思います。

2009/10/28

追いかける音楽

音楽とは時間芸術、といわれます。一時間の曲を一分で聴くことは不可能ですし、逆に三分の曲をどんなにゆっくり演奏しても三十分にはなりません。三次元では時間は不可逆、という科学的体験を体感させてくれるのが音楽、ということにもなりますね。

そんな一方通行な音楽ですから、進行感、進んでゆく感じ、というものが重要になります。旋律も、ハーモニーも、リズムも、次に行きたくなる、次を聴きたくなる、という人間の感性を利用して成り立っています。時々それを裏切ったりしてスパイスをきかせるのもまた作曲家の腕の見せ所です。

今日は、旋律が追いかけっこをしあうカノン、という形式と、もう少し複雑に絡み合うフーガ、という古典クラシックの華を前半にお送りしましょう。

そして、後半は、ハプスブルグについてのお話しも・・

東京の国立新美術館で開かれている「THE ハプスブルグ」展に行って参りました。

2009/10/27

魔力を持つ楽器

音楽というのは人を魅了する、いや、もっと言ってしまえば人を動かす力がありますから、芸術やエンターテイメントとしての音楽以外にもしばしば「人の感情に訴えて作用させる」目的をもって使われることがあります。使われ方はどうあれ、音楽の持つ強力な魔力を利用していると言い換えてもいいでしょう。

音楽の魔力を楽器が体現してしまうこともあります。もちろん、それは演奏家の腕によるものなのですが、あたかもその楽器が生命を持っているかのように聴こえてしまう、それこそが音楽の実体の力なのですが、そんな、幻影を作り出してしまうぐらい、音楽は感情にストレートに訴えかける力を持っています。

今日は、クラシックに使われる楽器の中で、過去もっとも魔力を持つとされた楽器と、もっとも魔力を持っていたといわれる演奏家に登場してもらいましょう。

2009/10/26

そのとき音楽史が動いた

日本の歴史の授業はほとんどが編年体的教え方です。一人の人間に焦点を当てる紀伝体はどちらかというとヨーロッパで盛んで、そんなところにも人の名を「姓」で呼び合う日本と「名」で呼び合う文化の違いが表れているような気がします。

ところが、編年体で歴史を習っても、「西洋史」「東洋史」「日本史」のようにいわば縦割りの勉強の仕方だったりするので、同時代に東西で起こったことがあっても、関連したものごとのように捉えられていないのが残念です。天明の飢饉とフランス革命はほぼ同じ原因で起きているのに、なぜか現代では当たり前の地球的視点が欠けていたりします。

今日は、同時代を「横に切る」、試みをしてみたいと思います。

2009/10/23

タイアップ企画ですが

広告が幅を利かす現代の資本主義社会ではタイアップ企画なぞは珍しくもありません。本来のコンテンツより宣伝が多くなってしまうということにも、我々は既に慣れっこになっていますね。

クラシック音楽は、古くは貴族や教会の注文生産でしたが、市民社会が形成され王権・宗教権が弱体化してくると、芸術家の良心に添って作られる、いわゆる芸術音楽を目指すようになります。ベートーヴェンがなんといってもその嚆矢でしょう。

しかし、作曲家といっても人間である以上、それなりの収入はほしい。注文精算の時代はお買い上げ、が決まっていましたから安心できましたが、いくら自分の芸術の発露だといっても、その作品が誰からも見向きもされず、誰からも必要とされず、つまりは誰にもお買い上げいただけない、となると、これは生活の危機です。ぼちぼち楽譜の出版社も現れ、著作権の意識が芽生えてきましたが、それでも、いつも自作が売れるとは限らない。

そんな中で、作曲の依頼、というものがあれば、やっぱり作曲家にとってはうれしいものです。貴族や教会でなく、いろいろな協会や団体、会社などが依頼主になってはきましたが・・

今日はそんなタイアップ曲で7時台後半を纏めてみました。

一昨日、放送の中でも申し上げましたが、私も、大和証券のホームページ内、「知りたい投資」のコーナーで「マネーとクラシック」という連載を始めさせていただきました。お金とクラシック音楽はどのようにつながっているか・・?今日のお話も、そのうちさらに詳しく書かせていただくかも、しれません・・・・・

2009/10/22

人間は考える葦である

・・・とはフランスのパスカルのことばですが、葦、という植物は、それだけ人間生活に密接に結びついたものでした。古くは船の材料になったり、肥料やパルプ材としての活用もありました。そして日本でも芦刈の言葉が残っているように、人間のすぐそばにある身近な植物でした。ただ、名前の「あし」が「悪し」につながるとして、「よし」と呼ばれることも少なくありません。

そして、この葦の活用の一つが楽器。葦笛、と呼ばれるものがそれですが、現在でもリードとよばれる葦を加工した細い葦片を用いて音を出す楽器がオーケストラの中にあります。二枚のリードを張り合わせるような形でつくったリードを使うオーボエ、コーラングレ、ファゴット、そして一枚のシングルリードを使った楽器がクラリネット、その歌口に似たものを持つサクソフォーンです。日本の楽器ですと、篳篥などが葦を原材料にしています。

サクソフォーンはいつもオーケストラにいるわけではないので除外して、これら葦のリードを持つ楽器で1番新参者はクラリネットです。クラリネット抜きのオーケストラというのは考えにくいぐらい定着していますが、モーツアルトの時代に改良されてオーケストラに入るようになったこの楽器、モーツアルトの前期作品では登場していません。

今日はこのクラリネットの印象的な旋律をもった曲がメモリアル・コンポウザーのコーナーで登場します。

2009/10/21

音楽が流れる

日本語は難しい、ということにいまさら気付きました。「音楽が流れる」といった場合、二通りの意味に取れるのです。1つ目はスピーカーから音楽が流れる、という音楽というものが聴こえてくる、という意味。そしてもうひとつが音楽自身が流れるという意味合いに取るもので、我々演奏家はよく「そこのところもう少し流れるように」と表現したりします。

両方とも「音楽」が主語で決して主語省略の日本語的難しい文ではないのですが、確かに日常で二つの意味を持たせて使っていることに、あらためて驚いた次第です。

ただ、どちらの意味においても日本語では音楽を「流れるもの」としてとらえているわけですね。実は我々の身の回り、ミクロの単位で見てゆくと、流れているものは案外多いのです。

今日は、そんな流れに身を任せてみましょうか。

2009/10/20

都会が好きなショパン

ヨーロッパの都市は驚くほど小さいものが多いのです。例えそれが高名な首都であっても、ウィーン、パリ、ベルリン、ローマなどは、日本の百万、いや一千万都市と比べると、ごくごく小さな街に過ぎません。旧城壁による境界線のないロンドンが強いていえばエンドレスに広がっている部分があり、日本の「大都市」の感覚に近いかもしれませんが、それにしても、行けども行けどもビルと人家が続く日本の各都市のような風景はヨーロッパではありえません。

ポーランドの小村出身のショパン。彼の作品にはマズルカなどの「ポーランドの田園」を思わせる作品があるために、都会ぎらいのように考えられがちですが、まるで反対、ショパンはある意味退廃と悪徳の香り漂う大都会が大好きでした。ウィーンを後にして向かった先がフランスのパリというのも、ひょっとしたらその魅力に期待してのことかもしれません。何しろ、ショパンは最初のころ興奮してパリの混沌を友人に書き送っているからです。そして、体力に不安があるにもかかわらず、せっせと夜会通いを始めます。もちろん、顔と名前を売って仕事につなげたい、という直接目的もあったでしょうが、好きこそもののなんとか・・・というフシもあったようです。

パリ市内、というのは今でも東京でいえば山手線の内側とほぼ同じ面積、つまり23区より遥に小さいわけですから、ショパンのころは、現代的尺度から言うと「小都会」に過ぎなかったはずなのですが、彼には十二分に魅力的だったのです。

ポーランドを祖国と思いながらも、父祖伝来のフランスの血が流れていたショパン。その血がパリに引き寄せて、パリについてみたら、それが間違いでなかったことを本能的に悟ったのではないでしょうか。

確かに、「大都会」パリ無くして作曲家「ショパン」は作られなかったのです。

2009/10/19

調の選び方

土曜日で没後160年を迎えた偉大な作曲家、フレデリック・ショパン。

来年は生誕200年にあたるので、ラ・フォル・ジュルネを始め、いろいろなところでのショパン企画が目白押しですが、OTTAVA frescoでも一足早く、今週一週間はショパンにこだわってみたいと思います。

今日は初日なので、初期の作品を、お送りするつもりなのですが、ブログの方では、語ることの出来るショパンのすごさを書いていきたいと思います。

作曲をするものにとって、その曲を「何調で書くか」というのは大きな命題の一つで、長音階短音階併せて24しかありませんが、最初の調を決めるのは結構悩んだりします。もちろん、まともな曲であれば途中で転調するのは当たり前なので、最初にこだわらなくても・・と思うかもしれませんが、これは結構重要、それは、音楽的な意味と、ピアノにとっては「弾きやすさ」の意味があるからです。ショパンは確かハ長調(フラットやシャープといった調号が一つもつかない調)よりもある程度調号がついた調の方が手には弾きやすいのだ、といって生徒にもその調から練習させていた、と伝わっています。

それでも、ショパンの調の選択の仕方は独特。実は、この調を選択していなければ、魅力が半減していた、という彼の曲は数多くあります。

そんなところにも、彼の美的センス、いや聴覚的センス?の優れたところが垣間見られるのです。

2009/10/16

その音楽は終わりが無く

今日は、ショパンを取り上げます。

ピアノにとって、いや、音楽にとってのスフィンクスが、ショパンです。謎が永遠に解けない。ショパンの音楽が美しいのは誰が聴いても明確です。彼ほどピアノを愛し、ピアノに向いた、美しい音楽を量産した人はいない、といえますが、だからこそ難しい問題が演奏者に降りかかります。つまり、その美しさは人間にとって明確であるために、聴いた瞬間から「理想の音楽」が誰の耳にもなってしまい、なかなかその理想どうりには現実に演奏しがたい、ということなのです。これはモーツアルトの場合にも言えるのですが、絶妙のバランスの上に成り立っている音楽というのは、少しでもそれを欠くと、かえってよくない音楽に聴こえるのです。

明日はショパンの160回目の命日。今日と、来週1週間、ショパンにこだわります。

2009/10/15

木の香り

地球温暖化を防ぐために最も有効なのは森林を保護すること、これはほぼ間違いがないでしょう。そして、結局人間にとって最も身近な素材が木です。20世紀以降は鉄の世紀、となりましたが、その結果がかなり深刻な地球環境破壊であったことは、21世紀になった今、強く自覚されています。

そして木、というのは育ったところの環境に依存します。日本には日本の、ヨーロッパにはヨーロッパの森林としての「相」があるのは、森の中を歩いてみると感じられます。

人間が生活の中に木工品を取り入れたがるのも、この森との一体感をどこかで本能的に持っているからではないでしょうか。石油製品全盛となった現代でも「プラスチッキー」といえば高級の反対語のように使われますし、家具でも自動車でも、高級なものには良い木目が使われたりしますね。

ヨーロッパの東側、ゲルマンやスラヴの地域は伝統的に「森の民」の地域、と定義されてきましたが、今日は、ボヘミアの森からの香りをお送りします。

それに、オーケストラにとっても、ピアノにとっても、木はなくてはならない素材ですね。

2009/10/14

ジャガイモの逆襲

昨日はサツマイモの日、ということで、おいしいサツマイモのお話をしたので、今日はジャガイモ、いってみたいと思います。

日本の国を代表する食べ物をひとつあげよ、というと、おそらく多くの方が「白米」を挙げることでしょう。間違いなく、白いご飯は日本を象徴しています。しかし、これが、食べ物に限らず、全てのものの中から日本を代表するもの、といったら、どうなるでしょうか?富士山、とか着物文化、とか桜とか、いろいろあって、ご飯が代表になるとは、必ずしも限りません。

ところが、ドイツで子供達にアンケートをとると、ドイツを代表するのは、サッカーでも車でも環境保護でもましてやバッハやベートーヴェンでもなく、ソーセージとジャガイモ、なんだそうです。なんとも、その生活密着ぶりはすごいものがあります。

最近日本では米食離れが激しく、これが高カロリー食や自給率低下の原因のひとつだといわれています。「ジャガイモ野郎」と他国から揶揄されてもジャガイモにこだわるドイツ、なかなか頑固な国といえそうです。

そして、ヨーロッパの基本食といったら、それにパン。今日は、パンやさんが登場する曲も、登場します。

2009/10/13

九里四里うまい十三里

「くりよりうまいじゅうさんり。」栗、よりうまいという掛けことばですが、その正体はサツマイモ、です。今日は、10月13日で、サツマイモの日、なんだそうです。

気温も朝夕はめっきり低くなって、もし夕方の肌寒さを感じる時に「いしやーきいもー」の声が聞こえてきたら、思わず屋台を探してしまいそうな季節になってきましたね。

しかし、正直なところ、期待感が高まれば高まるほど石焼き芋の味は想像とギャップがあり、私は積極的には食べていませんでした。ヨーロッパにいたこともあり、ジャガイモはかなり身近に感じていたのですが、サツマイモは焼き芋と、いくつかのスナック、または大学芋としてしか認識していなかったのです。

もちろん、サツマイモは少し前にブームであった芋焼酎の原料、または澱粉を取るためにも重宝されていますが・・・

最近、TBS放送センター前の赤坂サカス広場では、週末・休日に「サカスマルシェ」がひらかれています。frescoの放送はご存知の通り月~金なので、開いているマルシェはあまり見るチャンスがなかったのですが、秋に入って、連休が多くなりましたよね。祝日は、私も放送後、マルシェを訪れるチャンスがあったのです。

その中で何気なく立ち寄ったのが、宮崎から来た宮崎紅というサツマイモを売るスタンド。天気が良かったこともあり、少しいただこうかと、珍しく1本食べてみました。・・・・・・びっくりしました。今までの認識を改めさせるぐらいのおいしさ、そのままさらに追加で買い求めてしまいました。

そのおいしさは、なかなか書ききれないので、放送の中でお話しましょう。

偶然、いろいろな産物に出会えるマルシェ、お勧めですよ。

2009/10/12

アラビアのかほり

・・・と聞くとなんだかカフェの看板かコーヒーショップのキャッチのような感じがしますが、もちろんここはOTTAVAですから、音楽についてです。

今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでOTTAVAブースにいらしてくださったリュート奏者のエドゥアルド・エグエスさん、楽器もお持ちいただき、演奏まで公開生放送で披露してくださったのですが、そのインタビューの中でひときわ印象的だったのが、リュートはイスラム文化圏から伝えられた楽器、おそらくウードなどという楽器を祖先に持ち、もちろんリュート自体が現代では「リバイバル」される存在なのですが、さらにその起源を探ってゆくとヨーロッパをはみ出して北アフリカ・アラビアのほうまで行かねばならない、ということでした。

通常、クラシック音楽で使われる楽器で、遠い祖先はともかく、近い祖先がイスラム圏にあるもの、というものはあまり多くはありません。それだけに、このお話は大変心に残りました。

現在でも、たとえばチュニジアのホテルなどに滞在すると、中庭で、そこはかとなく奏でられているウードなど撥弦楽器の音色を聞きながら、マグレブ名物ミント・ティーをいただく、というようなことができますから、リュートの音色もそのようにゆったりと聴いてしまうのは、間違いではないということになります。

今日は、バッハと同時代人で、その時代では同じく重要な存在だった作曲家、エグエスさんも得意とするシルヴィウス・レオポルド・ヴァイスの誕生日なので、リュートにこだわってみたいと思います。月曜ですが、休日でもあるので、和んでみましょう。

2009/10/09

夜の旅人

今日は、旅とともにあった作曲家を取り上げるので、旅のお話をしようと思っています。明日から連休を迎えますが、台風一過で晴天が期待できそうですね。

ただ、私がここで思い返すのは、夜の旅路です。日本では現在国や地方自治体が整備した道路なら街灯なども整備されていることがほとんどだと思います。つまり、車で走れる道ですね。そしてよしんば、街灯が無い山岳地帯などだとしても数十キロ行けば街の明かりは見えるでしょうし、また対向車がいることも多いはずです。それと、第一、日本の道はカーブが多く、ステアリング操作は休む暇がありません。

ところが、フランスですと、日本の常識からいくとびっくりするような道に出会います。つまり、平野が多いフランスでは、もともと道が「ひたすらまっすぐ」のことが多く、時には20キロメートル近くまっすぐのことも珍しくありません。そして、その間信号はゼロ。さらに、夜の地方だと対向車はいません。もちろん街灯なんて気の利いたものは別世界の話・・・つまるところ、明かりは自車のヘッドライトだけ・・・星明り・月明かりを除けば、です。これが、フランス風の小麦畑やブドウ畑が広がる地帯の一本道ならまだ和むこともできるのですが、時にはうっそうとした森の中の道だったりすると、いったいこの道はどこまで続くのであろうか・・・車は故障しないだろうか・・・などと心配しなくていいことまで気になりだすぐらい、天涯孤独の気持ちを味わえます。

でも、考えてみれば、「真っ暗でひたすら続く道」というのは19世紀までの旅人にとって当たり前であったわけで、「電気文化」に毒された、というべき現代人が失った畏怖の心をみんな当たり前に持っていた、ということでしょうか。ましてや、モータリゼーション以前は、早くて馬車なのです。

frescoは朝の放送ですが、今日は夜の旅路について考えてみました。

2009/10/08

雨とともに生きる

日本列島に台風18号がいよいよやってきました。風、雨、波、ともに気をつけなければなりません。どうぞ必要最低限以外の外出は控えて警戒を怠らないでください。

昨年は日本列島に上陸した台風がひとつも無かった、ということを今回の天気予報で知り、意外な感じがしました。10月といえば台風シーズン、私もレコーディングの当日に台風が直撃して危うく録音会場から帰れなくなった経験がありますし、そのすごさは何回経験してもいやなものです。強い風で傘も役に立たないときもありますし・・・

しかし、日本列島に居住する限り、台風に限らず、雨とは付き合っていかなければなりません。フランスにいるときに、評判どおり人々が雨のときに傘をささない、もしくは貧弱な傘しか持っていないのを見て、ああ、雨を気にしなくて良い気候なんだな、と実感しましたが、逆に、日本は、雨が少ないと困ることもありますね。夏の水不足だけでなく、日本の主食、お米にとっても梅雨の雨は大切です。西欧の小麦と東洋の白米の文化の違いはそのまま降水量の差、といっても良いぐらいです。

そんな、ある意味宿命、ある意味伝統的に付き合ってきた日本人にとって「雨」は文化の一部といえるかもしれません。

今日は「雨」を描いた、つまり日本文化を描いた作曲家が登場します。

2009/10/07

異文化

クラシック音楽が19世紀にある意味行き詰ったとき、そこに新たにやってきたのが国民楽派とよばれる、それまで周辺国だったロシア、東欧、スペインなどの作曲家たちでした。彼らは地元の民謡の旋律、ダンスのリズムなどを積極的に曲に取り入れ、それが魅力となって西欧中心、つまりドイツやイタリアの人たちをも魅了することになったのです。

交響曲、というフォルムにするにはある程度の作曲家の技量を必要とするため、交響詩、という大規模なオーケストラの曲でありながらある程度の自由度がある曲がたくさん作られたのもこの時代の特徴です。

そこで奏でられる「異国」は決して本物の異国ではないのかもしれませんが、彼らにとって憧れの気持ちを起させるには十分だったのです。

これは何も音楽に限ったことではなく、他の分野でも、異国文化は魅力的に見えたりするものです。なかには異国文化の中にある自分達の古典、つまりギリシャ文化などをイスラム圏の伝承から再び再発見したのがルネサンスだったりします。

今日は、そのイスラム圏とキリスト教圏がぶつかったお話などをする予定です。

2009/10/06

展覧会の絵の解説

展覧会の絵、といってもこの場合はムソルグスキーの曲名ではなく、文字通り展覧会の絵、のはなしです。

よく日本の展覧会に行きますと、絵の横に作者と絵の技法、大きさなどと同時にその絵について簡単な解説があることがよくありますが、私はいつも不満に思っていることがあります。というのも、あの解説がどの展覧会でも似たようなものであることが多いということと、美術史に詳しくないものから見るとちんぷんかんぷんの場合が多い、などということです。

たしかに限られた文字数という制限はありますが、絵についての解説というときに、絵を描くということに焦点が当てられすぎていて、たとえば絵のモチーフについて、また、展覧会に展示されるような絵は相当有名なものが多いので、その絵自体がたどった所有者などの変遷をもっともっと大きく取り上げても良いような気がします。音楽でも解説を書く場合、どうしてもその曲の形式などにとらわれてしまいがちですが、音楽の本質、という観点から考えた場合、原作があるものについてはその原作についてかなり掘り下げるとか、同時代の同じ作曲家の作品に触れてみるとか、のほうが有用な気がしてならないのです。

まあ、本来、「解説」というものが要らない芸術作品についてはそもそも解説を書くのが難しいのですが・・・・

今日も、展覧会の絵、シリーズをお楽しみいただきます。

2009/10/05

人の集まる場所

次の次の五輪、2016年のオリンピック開催地は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに決定しましたね。東京は開催地に選ばれなくて残念でしたが、前回の雪辱戦で望んだマドリードは今回は決選投票まで進んだために、より一層悔しいでしょう。

オリンピックの開催地に立候補するというのは、どんな都市にもできることではない、つまり、それだけで大変なことだということですが、そうまでしても候補地に名乗りを上げるというのは、結局そのことによって経済効果がある、お金を使って招致運動をしても、いざ開催地となればそれを上回る収入・発展が見込めるということも大きな理由のようです。

秋になって夜が長くなってくると、人々は郊外の自然よりも、都会の灯りが恋しくなってきたりするものです。いわゆる「盛り場」、人が集まるところというのは、自然発生的に出来たものが多くありますが、中には必然や政治状況によって作られるものもあります。

江戸の町などは徳川幕府によって計画的に町人や武家に割り振られた街として有名ですが、面白いのはパリの盛り場、とされた「昔のパリ郊外」で、これは、それまで王権の中の役人として利益をむさぼっていた人たちが、近い別荘地として購入していたいわば庭園つき邸宅が、革命でみな追われてしまい、その後の土地を遊ばせておくのはもったいない、ということでカフェ・ダンスホールなどに転用されたのがひとつのルーツともいわれています。

はたして、現代の国家でも政権交代が起こった場合に、新たな「盛り場」が誕生するということがあるのでしょうか?・・・ちょっと難しいかもしれませんね。やっぱりオリンピックを招致したほうが早いようです。

(追記)

OTTAVAのBGMなどでもおなじみの、ヴォーカル・アンサンブル・カペラの皆さんのHPはこちらです。

http://www.cappellajp.com/

来週12,13日の演奏会の情報、詳しくは、是非こちらをご覧ください。

2009/10/02

都とお菓子

「パンが無かったらブリオッシュを食べればいいのに。」というのは実際本人が言ったわけではないのですが、庶民の事情に疎いマリー・アントワネット王妃の言葉として伝えられているものです。

この中には、宮廷の中ではお菓子が豊富に食べられる、つまり庶民にとって不可欠な食事ではなく、ぜいたく品としての甘いお菓子が縁遠いものである、という意味が込められていますね。

そういった意味で、宮廷などの「無駄に贅沢をする文化」がないとなかなかお菓子の発展はなかったことになりますが、確かに、その後宮廷や宮廷文化がなくなったあともお菓子というのは都市の産物であったりします。

今日は週末なので、少しお菓子の話などをしましょう。

2009/10/01

夜が早まると何かがやってくる

秋分の日を過ぎて、これから冬至に向けてどんどん日が短くなっていきますね。

同時に夜が長くなってくるわけです。毎日私もOTTAVAスタジオに入る早朝時間帯の空が暗くなってくるので、実感しています。

昔の人々は、夜の帳が下りてくると、そこには人間存在で無い何者かが動く時間帯だという認識がありました。妖精かもしれないし、幽霊かもしれない・・・それらは全て人間の想像力の産物でしたから、夜に跳梁跋扈している「何か」は結局人間それ自身の頭の中身だったりするわけです。でも、夜には「何かがでる・・・」という考えは、魔法や魔術にも通じる、人間にとって魅力的な超自然を認識する、または感じる行為なのでしょう。それに惹かれてしまうからこそ、怪談話や肝試し、といったことをしたりされたりしてしまうわけですね。

今日は、魔法と魔術と幻想が織り成すfrescoにしてしてみましょう・・・・7時にはもう空は明るくなっているのですが、今日は魔法使いの弟子も迎えたいと思いますので・・・・・

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本田聖嗣

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒。パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科を共にプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。在学中よりヨーロッパ各地で活動を始め、2000年秋、東京・紀尾井ホールにて、「馥郁たるパリの香り」のタイトルの下に日本国内ソロリサイタルデビュー。同タイトルでオクタヴィアレコードより2枚のアルバムも発売されている。

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