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2009年9月

2009/09/30

9という数字

9という数字は日本では語呂あわせであまり良いイメージがありません。

しかし、奇数が縁起がよいとされる国、また、一桁の数字の中で最も大きい数字、神秘的な数3の3倍の数、と考えたりする国では9は積極的に良い数字と考えられる場合もあるようです。9月9日の重陽の節句のときに少しお話しましたね。

翻ってクラシックでは、特に交響曲で9は特別な数字となります。そもそも大規模な交響曲は人生で完成できるのが9曲ぐらいということと、なんといっても不滅の交響曲たちを残した楽聖ベートーヴェンが9曲を残して亡くなったということが大きいようです。

今日は、9月最後の日ということで、9にこだわってみます。

2009/09/29

味付け

昨日に続いて、トークとは少し離れた話です。

味付け、というと本来は料理の味をつけることを指しますね。同じ材料を使っているのに、フランスの料理に比べてイギリスの料理は味付けはどうもいただけない・・・・これは実感でもありますが、例文としてこのように使ったりするわけですが、他の分野でもこの言葉は使われます。この文章の味付けは、この作品の最後の味付けは、はたまたこのサスペンションの味付けは、などと使われる場合さえあります。

つまり、人間の五感に訴える、かといって数値化しにくいもの、というような部分を「味」としてとらえ、そのさじ加減を味付け、と表現していることになるわけですが、これが考え始めるとまた難しい問題です。

作曲も、演奏も、この味付けを間違えると料理のように大幅に魅力が落ちてしまいますし、あとはまた、実に難しいのですが、私の専門である演奏でいいますと、表面上の味付け、な部分と、本質的な変化と、違う部分があったりします。それがどこで違うかと問われても、「味」の問題なので、むずかしいのですが、演奏にも、「最後の塩コショウ」と「最初のだし」の部分があると思ってください。

実際の料理が「だし」も「塩コショウ」も重要なように、演奏も、両方とも大事なのです。

・・・・・・と比喩にするなら、さしずめ楽譜は「レシピ」でしょうか?!

2009/09/28

その違い

最近、同じ曲を違う演奏者で連続して聴く機会がありました。

もともと、クラシック音楽は楽譜の書き方が長い時間に磨かれてきたために再現性が高く、しかも楽譜に厳密に演奏することがほぼ習慣となっていますし、その演奏にも歴史があるために「演奏のコンセンサス」が出来上がっていることもあり、同じ曲を聴くとそんなに大きくは違わないものです。その点がクラシック音楽の安心できるところであり、逆に言えばある程度退屈なところでもあります。

しかも、録音で無い限り、つまり、ライブで同じ曲を繰り返し違う奏者で聴く、ということはあまり無いものですね。

しかし、これが、聴いてみるとなかなか面白いものなのです。それぞれの解釈の違いもあるでしょうし、許される幅、というものもあるのでしょうが、作曲家の意図したもの、演奏者が意図したものが、比較してみるとよくわかったりします。

OTTAVAでは、大体ひとつの曲についてはひとつの演奏者でお送りしていますが、曲によってはヒストリカルな録音でお送りしたりもしています。ライブで「同じ曲を何度も聴き返す」ということは少ないわけですが、OTTAVAの放送では何度も聴くことがまた、曲をチョイスすることも可能です。

今日は、お送りする放送とは少しはなれたことなのですが、面白いことだと思って、書いてみました。「同じ曲だけを繰り返し違う奏者でやる演奏会」・・・・やっぱり実現しそうにはありませんが、面白いかもしれません?!

2009/09/25

惑星から除外

近年の天文学界最大の話題といえば冥王星が惑星の立場から外れて、準惑星ということになってしまったことですね。

これによって、一時期演奏されることのあったホルスト「惑星・冥王星つき」という作品がお蔵入り、あらためて海王星までのオリジナルヴァージョンが正統的な意味合いを持ってきます。

そもそもホルストの組曲「惑星」に冥王星がないのはその時代まだ発見されていなかったから。

そして、その冥王星が惑星の立場を失ってしまったのは、冥王星より外側にさらに同じぐらいの大きさ、またはより大きい太陽の周りを公転する天体が見つかったからです。

つまり、観測技術の発展というテクノロジーの進化によって、冥王星は「発見」されて「惑星」に入れられて、いままた「惑星から格下げ」されてしまったわけです。ちょっと気の毒な感じがしますね。今日はホルストの組曲「惑星」から最後の「海王星」をお届けして、冥王星の話をしましょう。

また、東京国立新美術館で開催される「THE ハプスブルグ」展、いよいよ今日が初日です。今日もワルツの音色に乗ってこの皇帝家のお話をします。

2009/09/24

みんなのワルツ

いよいよ明日から開催される「THE ハプスブルグ」展にちなんで、ハプスブルグ家の話題を1週間にわたってお送りしていますが、いよいよ今日はウィンナ・ワルツの登場です。

ハプスブルグといえば帝都ウィーン、ウィーンといえばワルツ、と三段論法のようにこれらは密接に結びついています。

しかし、本来ワルツというものはオーストリアの田舎で踊られていたレントラーという素朴な、そしてはやいダンスがもとになったといわれ、「上品な」ウィーンの為政者からしたらむしろ都合の悪いものでした。ところが、民衆の間で広く流行していることを察知すると、むしろそれらを奨励するような政策をとってゆき、結局ワルツはウィーン名物、ということになるわけです。そのあたりも古くから外国のものも進んで受け入れた柔軟なハプスブルグ家の特質をものがたっているような気がします。

結局、ワルツはオーストリアの魂の音楽となり、ワルツ王といわれたシュトラウスがユダヤ系の出自であったにもかかわらず、さすがのナチスもワルツを禁止することができませんでした。

今日は、オーストリア・ハプスブルグ最盛期をワルツとともにお届けします。

2009/09/23

木星、巨大なる者

ホルストの組曲「惑星」の中の一番の人気曲、「木星」は副題として「快楽(悦楽)を運ぶもの」となっています。これは占星術のキャラクターから来たものですが、実際の木星はどのようなものでしょうか。

惑星は地球から離れているため、木星といえども「明るい星」のひとつとしてしか見えませんが、質量は地球の300倍以上、体積、つまり大きさに至っては1300倍もあります。地球サイズから見ると「ものすごく巨大な星」なわけですね。

実際、これぐらい大きい星となると、もう少しで重力によって中心部が熱せられ核融合反応がおき始めても不思議ではなかった・・・つまり、あとちょっとで「第二の太陽」というべき恒星になる可能性もあったのです。

ということで、今日は木星をフルバージョンでお送りしますが、この曲は題名にもかかわらず、木星の巨大さ、雄大さをよく表していると思います。私は、心の中で、タイトルどおり「巨大・雄大なるもの」と唱えていたりもします。

というのは、木星、というニックネームを奉られたクラシックの至宝、「雄大なる交響曲」が他にも存在するからです。その曲と一緒にお送りしましょう。

2009/09/22

隠された女神

フランス語で金曜日のことはVendrediヴァンドルディ、と言いますが、これは「ビーナスの日」を表します。我々はビーナスと英語で親しんでいる女神ですが、もともとラテン語の「ウェヌス」で、ラテン諸語のイタリア、スペイン、フランスなどはみな金曜日の綴りはVから始まります。

ラテン神話でのウェヌスはギリシア神話のアフロディテの性格を受け継いでいるといわれますが、もともと人類の半分を占める女性、いや、平均寿命が男性より長いことを考えますと半分以上でしょうか・・・の形をした神々が多神教の場合、敬われているということは不思議でもなんでもありません。そして何より女性は生命を生み出す存在でもありますので、たとえばローマではウェヌスは菜園の守り神、作物に関係のある神だったようです。

ところが、一神教であり、教皇に権力を集中させる必要のあったキリスト教は、特に最初のうち男性優位を貫き、福音書の中でもたとえばマグダラのマリアの存在など、意図的に女性を目立たせない方針をとります。

しかし、もともと古代から続く地母神信仰などを取り入れる必要も一方であり、それが「聖母マリア信仰」に収斂していきます。

フランスに暮らしていますと、いろいろなマリア信仰にであいます。有名なところでは青い布を持ったマリア像、これは南仏ルルドに現れた「ルルドのマリア」。また同じく南フランスから南スペイン一帯に存在する「黒いマリア」に対する信仰。ルルドの奇跡は決して古いことではありませんが、これらも、人々の女性神に対するいろいろな信仰の形があらわれている、と解釈もできましょう。

女性のことをあらわすシンボルマーク、「」はもともと金星のマークです。金星はその名もウェヌス。明けの明星、宵の明星として知られるように日の出日没前後にしか見られない内惑星金星は、古くから美しい惑星とされ、女神に擬せられてきたのです。

今日は、OTTAVA frescoで初めて、ホルストの組曲「惑星」から「金星」を全曲お聴きいただきます。いつもは後半部分のみでしたので、今日はとても印象的な冒頭のホルン・ソロを聴いていただきたいと思います。秋にふさわしい響きだと思います。

私は「惑星」のなかでこの「金星」がもっとも好きです。

そして、金曜日まで同じく連続でお送りする「THE ハプスブルク」に関する物語。今日は「オーストリアよ結婚せよ」のお話にしましょうか。他の多くの国が男性を集めて戦争をすることによって領土を増やしていくのに熱心だったときに、ハプスブルク家は男性も女性も結婚することによって領土をメキメキと増やしていったのです。絶対的な男性優位社会の中世にあっても、ハプスブルク家にとっては女性も、重要な役割を担っていたのです。そしてそこにはミステリーも・・・・・・

2009/09/21

星が見える

秋になると空が澄んできますし、晴天の日も多くなりますから、天体の観測にはもってこいの晩が増えます。今年は国際天文年、また日本の宇宙開発への貢献もいろいろニュースがありましたから、より一層たくさんの人が空を見上げるようになるかもしれません。

そして、この、「夜空を見上げると星が見られる」ことが、すごいことだ、ということにお気づきでしょうか?

詳しく説明するとそれこそ本になってしまうので、手短にしますが、まず第1点。ものすごく遠い星からやってくる光は、微細なものです。距離が遠くなるほど光が弱くなるのは地球上でも宇宙空間でも変わりませんから、実は、この光が肉眼でも見える、ということはそれだけですごいことなのです。第2点、宇宙のどの方向にも無限の宇宙が広がり、そこに無限の星があるならば、宇宙は星の光で満たされていなければならないのに、実際は、たくさん見えはしますが、やっぱり夜空は暗い。この事実から、宇宙が有限である、ということと、膨張している、ということが導き出されました。

実際の宇宙の広がりと同じように、人間の頭脳の中も無限の広がりがあるのかもしれません。

今日は、イギリスのG.ホスルトの誕生日。もちろん代表作「惑星」から一曲お届けしますが、せっかくですから、今週は、毎日「惑星」よりお届けして「fresco 星の一週間」にしたいと思います。

2009/09/18

鷹と鷲

鷹と鷲、英語にするとホークとイーグルですが、これらの違いは明確ではありません。生物学的にはどちらもタカ目タカ科に属する鳥です。どちらかというと小さめのものをタカ、大きめのものをワシ、と呼んでいるわけですが、その線引きは明確ではなく、~ワシ、~タカと具体的な種類について呼ぶときに分けられているといってもいいでしょう。とはいっても大型のタカであるクマタカなどもいるので、考え始めたら混乱してしまいます。

どちらにせよ、肉食の鷹や鷲は古くから「鳥の中の王者」と考えられ、多くのシンボル・紋章の中に取り入れられてきました。中でも有名なのは「双頭の鷲」、つまり頭が二つある鷲のシンボルです。有名なのは古代ローマ帝国のもので、これは東と西、ヨーロッパ世界とアジアを表したもの、といわれます。もちろんアジアといっても小アジア、現在のトルコからパレスチナあたりまで、ローマ帝国の領土内のことを指します。

そして、古代ローマ帝国の後継者を名乗っていた中世以後の神聖ローマ帝国もこの紋章を採用します。

そしてもちろん、この神聖ローマ帝国皇帝の座を長くつとめたのが今日の話題のハプスブルグ家。ハプスブルグの紋章も従って双頭の鷲、となるのですが、実は、おもしろいことがあります。

というのも、神聖ローマ帝国の首都はウィーン、オーストリアを中心とする国なわけですが、そのオーストリアの支配を嫌って独立した国にスイスがあります。そして、皮肉なことにハプスブルグ家のルーツはスイスにあります。

そのルーツとされる城に行ってきたのですが、その城はハプスブルグの古い形であるハビヒッツブルグ城、と呼ばれています。

そしてその意味は「鷹の巣」。

こじつけですが、ハプスブルグ家はタカからワシに出世したわけです。

2009/09/17

多言語と多文化とうどんとそばとだし汁と

島国である日本は陸の国境線を持たないために、徒歩での外国との接触が難しく、外国語にすぐに接するという経験がなかなか出来ません。ヨーロッパは陸続きの国が多いので、極端な話、歩いていたらいつのまにか周り中が自分にとっての外国語を話す環境だった、という体験も希ではありません。EUの統合以来、それまで形式的にせよ存在していた国境検問所が次々に廃止され、本当に上記のような体験を私もしたことがあります。「あれ、違う国に来てしまったんだ!」

ところが、もっとややこしいことに、歴史的経緯から、自国の中で複数の言語を使っているところが少なくありません。それは、もともと言語・文化が異なる地域が政治的に結びついて独立国となったところや、元から固有の言語があるのだが隣国の大国に長い間支配されていたためにそちらの言語も話されている、といったいろいろな場合があります。

私は、旅行者としてこれらの国を訪れるとき、いつも注意深くどの地域でどのようにどの言語が話されているか観察するのが好きなのですが、今日は、そんなうちの国の一つ、ベルギーを取り上げてみましょう。この国のおもしろさは、言語だけではなく、ゲルマン系のオランダ文化、ラテン系のフランス文化、と文化の香りまで一緒に存在するところです。一緒に存在する、というわけで、決して混ざっている、わけではないところがおもしろいところです。

思いっきり飛躍したたとえですが、日本では関西がうどん文化、関東がそば文化、と一般的にいわれます。そして、関東が醤油ベースの濃い色をしただし、関西が塩ベースの透明なだしをつかう、というのも、ありますね。たまたま私の家の近所に、そばとうどんが選べて(これは結構当たり前ですが)それにかけるだし汁も関西風と関東風が選べる、というなかなか私にとって親切な・・・つまり私は両方好きなので・・・そば屋というかうどん屋さんがありました。

しかし、やっぱり、しばらくすると、その店から、関西風のだし汁は消えてなくなったのです。最近では関西や本場讃岐風と銘打って関東地区に出店するお店も多いというのに、この「親切な店」では、文化はやっぱり交わらなかったのです。圧倒的に関東風の濃い色のだし汁を注文するお客さんが多かったのでしょう。

私はベルギーを訪れるたびに、この関西風だし汁が消えた店を思い出します。

2009/09/16

教えるということ

教育、教える、ということはいつの時代も大変重要で深くて難しい問題を持っていますね。

国の根幹は教育、などという標語の元に政治や選挙の時に争点になったりもしますし、学校教育や試験のことは定期的にニュースになります。どこの国も教育システムの構築や教育方法については常に悩んでいますが、それでもこのことがものすごく重要、という認識は皆一致しています。

音楽家の教育、というのがまた難しい。私も偉大な師から教えを受け、自分も今や教える身でもありますが、教える方法、以前に、「何を教えるか」が難しいのです。通常、ピアノの先生、というとピアノの弾き方を教えることになりますが、これだけでは全く役に立ちません。つまり、ピアノを弾いて「何を表現したいか」がなければ、音楽家とはいえないからです。ところが、究極的にいうと「美」というものは抽象的であり、主観的なものであるので、なかなか教えることは困難なのです。でも、仏作って魂入れず、ではいけません。

今日はパリの伝説の名教師、ナディア・ブーランジェの誕生日です。今日はめずらしい彼女の音楽と、彼女の生徒たちの音楽と、ついでですから?私のパリでの師匠たちの演奏をお届けしましょう。ただ、私の師匠といっても、ピアニスト以外の2人なのです。しかしながら、私はこの2人からも大変な影響を受けています。

というのは、やっぱり、「音楽の美しさ」を教えてもらったからだ、とおもいます。表面上は全くそんなような話はしていないのですが・・・・・

それが、名教師の素質なのでしょうか?ちなみに、彼らは教師としては全く有名ではありません。演奏家として大変有名な方です。

2009/09/15

音楽は長生きに役立つ?!

2003年よりハッピーマンデー制度の導入に伴い、敬老の日は9月の第3日曜日に、そして、もともとの9月15日は老人の日、ということになりましたが、私は未だに9月15日という感覚が抜けません。それに、今年はこの休日を含めて5連休、シルバーウィーク、という言い方も出てきていますが、なんだか休日がみんな連休になってしまうようですね。

クラシックの作曲家の中には、モーツアルトとかシューベルトとかショパンとか、才能があって素晴らしい作品をたくさん残したのだけれども短命、という人たちがたくさんいるので、なんとなく「才人短命」のようなイメージがありますが、長生きした人もたくさんいます。

そもそも音楽が体に良い芸術。演奏は精神と肉体に程よい緊張と高揚をもたらしますし、そもそも歌、リズム、などの音楽の要素は哀しいときよりも喜ばしいときに多く出てくるもの、つまり音楽は根本的にポジティフな芸術なのです。

というわけで、今日は、「長生きした作曲家」限定の日です。音楽で、楽しく長く、「いきましょう」。

2009/09/14

エスプレッソの国の印象

ヨーロッパ世界でのイタリアのイメージとはなんでしょうか。紀元前から3世紀ごろまでに渡って長い間パックス・ロマーナ(ローマの平和)をもたらした強大な帝国、その後はキリスト教カトリックの中心地としてのローマ、ルネサンスを生み出した都市文化、海洋貿易国ヴェネチア、そして、音楽先進国、歌の国、といったイメージでしょうか。近年は、政治・経済とも中心地が北のほうに移っているため、ちょっと弱くなったイメージがありますが、それでもスローフード運動の発祥地であったり、魅力的なファッションやデザインでは他の国を一歩リードしているような感じがします。

北のほうに中心が移った、といういみでは、クラシック音楽の発展過程がまさにそうで、バロック時代はイタリアが名実ともに充実していたのに、ドイツにはバッハが現れ、フランスもイタリア人リュリの後継者はみなフランス人、そのあと古典派の時代にはお雇いイタリア人、例えばサリエリなどがドイツ人音楽家にだんだん押されてゆく、という経過がありました。オペラこそイタリアは「牙城」であったのですが、ピアノ曲などは、明らかに北の国で傑作が作られる割合が増えてきます。イタリアはピアノの発明国であるのに、です。

しかし、音楽家は皆一様にイタリアには敬意を払っています。音楽の基礎は教会音楽であるし、歌である、これらは皆一様に長靴型の半島から伝えられたものであったからです。

今日は、イタリアのイメージを追ってみましょう。

2009/09/11

秋の湿度

まだ9月にはいって10日ばかりなのに、季節はすっかり秋ですね。昨日のOTTAVAスタジオ周辺は快晴の空が高い天気だったので、暑くなるかな・・・と覚悟していたのですが、それほどでもなく、つまり「お天気なのにすごしやすい気温」でした。もちろん、早朝、このスタジオに入るころの気温はほぼ1日の最低気温ですが、すっかり肌寒い、といってもいいような涼しさになっています。

ところで、もうひとつ違うのが湿度です。高温多湿、それも近年温暖化、というより熱帯化が指摘されている本来は温帯の日本ですが、夏の耐えられない暑さは日差しと気温と、それに高い湿度です。汗が蒸発しないわけですね。ヨーロッパに暮らしていたときは、日本の空港に着いて機体からボーディングブリッジに出た途端むっと押し寄せる湿気に日本を感じたものでした。

それが、ここ数日で、めっきり湿度も低くなっています。今年の夏は雨が多く、特に湿度の高い夏であったということもあるのでしょうが、秋に入って多少雨が降ったとしても、その前後の湿度は確実に「秋」を感じさせるものとなっています。

一般的に湿度の低いヨーロッパで考案されたクラシックの楽器は、いずれもあるていどの乾燥を好みます。つまり、夏より、秋のほうが音楽にとってもいい季節。「芸術の秋」とは、湿度の面からもあてはまるのではないでしょうか?

2009/09/10

作曲家のコンカツ

最近、日本では婚活ばやりですね。実態よりもメディアによって増幅された面はあるでしょうが、今も昔も結婚は人生の一大事ですから、多くの人が真剣に取り組むのは当然でしょう。少し前、パリの百貨店が自店舗の食料品売り場で、婚活中の人だけが持つ店内用のカゴ、というものを設置し、その食料品売り場にはちょっとしたカフェ・スペースやオードブルをつまめるカウンターもあるので、多くの男女に活用され、それなりに好評だったのを思い出しました。たしかヴァレンタイン限定のイベントだったと記憶しています。

翻って、作曲家。演奏家はそれなりにステージや、アフターステージがあるのでそれなりに人との交流が好むと好まざるとにかかわらずありますが、作曲家は基本的に孤独な商売。しかも、作曲中は音楽が頭からはなれず、夜昼関係ないことが多いのです。中には夜のほうが集中して作曲できるというラヴェルのような人も・・・あ、彼も一生独身でした!・・・どうも、なかなか「伴侶」にするには気難しくて、生活が不規則で、そのうえ今も昔も経済的にはあまり有望ではない、という相当に「婚活指数」が低そうな職業です。

でも、今日は、そんな、作曲家の結婚をいろいろと眺めてみたいと思います。

2009/09/09

時間とともに

音楽の起源は、まず打楽器によるリズムの刻みから始まったといわれています。それは、人々の動きをあわせて踊るため。現在でも、音楽がビートを刻む大きな目的のひとつですね。

そして、リズムを刻むということは時間進行の中である一定のパルスを刻むということですから、時間の可聴化ということにほかなりません。つまり時間の流れが不可逆で、どこでも同じ・・・実際は相対性理論によって時間の流れも場所や重力によって変わるのですが・・・ことを前提とした、三次元の確認作業ともいえるのではないでしょうか。

などと、ややこしいことを考えなくても、打楽器の魅力はたくさんあります。忙しい朝ですが、その時間を有効に刻むために、今日はリズミックな曲をお送りします。

2009/09/08

古都のプライド

京都における都市伝説のひとつに、「先の戦争」といった場合、日本の他の地域ではもちろん太平洋戦争を指すのですが、京都だけはなんと「応仁の乱」のことだった、というものがありました。この話は、京都が悠久の都として他とは違うゆったりとした時間の流れの中にあるということと、先の大戦では比較的空襲の被害が少なかった(それでも実際はかなりありました)ことへの羨望と、それから、京都の町の人たちが都の住人としてプライドが高く、他の地域からの新参者は「おのぼりさん」としてなかなか受け入れてくれない、近所づきあいがむずかしい、ということへの皮肉などが入り混じった結果作られたものといえるかもしれません。さすがに実際は応仁の乱を先の戦争、という人はどんな歴史地区でもいないでしょうが、驚くなかれ、「蛤御門の変の時は大変だった」とあたかも昨日のことのようにお話になる方は、つい最近まではいらっしゃったようです。

日本の中の古都、といえば、上記京都のほか、奈良、などが思い浮かびますが、ヨーロッパの各都市は古くはローマ時代の植民都市に起源を持つものも多く、それこそ「古都だらけ」といっても良い状況です。

しかし、その中でも古くは「ウィンドボナ」と呼ばれてローマの蛮族に対する前進基地のひとつだったウィーンは、その後の神聖ローマ帝国の帝都だったこともあって、華々しい時代を持ち、しかも、その庇護者ハプスブルグ家によって文化が花開いた後、ある意味その時代の記憶をいまでもしっかりした形で保持している、という点で京都に似ているかもしれません。

同じ首都でもパリやロンドンといった都市は新しいものの流入も盛んで、現在も最先端、というイメージがどこかあるのに比べて、経済的にも小国オーストリアの首都になってしまったウィーンは、その昔、ヨーロッパの大帝国の首都だった記憶が、より懐かしい形で保存されているといってもいいでしょう。

今日は、このウィーンと、帝国内の一都市、プラハ(この都市も第二次大戦後東側だったこともあって町並みが保全され、美しい姿を今にとどめています)に関係する作曲家が登場します。

(追記)番組でご紹介した9月13・14日のジスモンチ氏のコンサート

「ザ・ワールド・オブ・エグベルト・ジスモンチ」についての詳しい情報はこちら

http://www.triphony.com/concert/20090913topics.php

2009/09/07

そして北の国へ

昨日は、OTTAVAスタジオのある東京赤坂も久しぶりの快晴の天気にめぐまれ、日光を浴びることができましたが、夕方、もうすでに日の光は秋でした。もちろん、気温も8月ではないな、と気付くのに十分、というぐらいすごしやすく、9月に入ったばかりなのに、もう秋の気配がちゃんと漂っていました。

短い夏、といえば北半球では高緯度地帯の国の宿命ですが、そのなかでもイギリスは、冬の気温がそれほど低下しないのと引き換えに天候が悪い、つまり雲による「温室効果」のある国土となっています。そのため、乾燥した気候の多いヨーロッパの中では唯一、日本並みに湿度の高い国といってよいぐらいです。

私はフランスに住んでいるときに気がついたのですが、フランスの人々は、実にたくさんの人が壊れた傘を持っています。物持ちが良い、安い傘が少ない、などの理由はあるのでしょうが、ひとつは、フランスの雨は傘無しで過ごせてしまう、というものがあります。降っても長続きしなかったり、濡れても乾燥しやすい、という気候なのですね。そのため、ほとんど傘の形をしていないぐらいまで壊れた傘を、雨の中さす、といった奇妙な光景をよく見ました。日本では、買い換えてしまうレベルのものでしょうが、ある意味、あれもエコだったのかな、と傘の忘れ物が多い日本では考えてしまいます。

ところで、今日はイングランドを一流国に押し上げたエリザベス1世の誕生日。イギリスについて、つれづれにお話しようかと思います。

2009/09/04

地道な作業かひらめきか

私も演奏するだけでなく、曲を作ることもあるので、作曲の苦労は大家に比べるとほんの少しですが、実感しているつもりです。

良い曲、たとえばモーツアルトなどを聴いてしまうと、あたかも天才はひらめきでどんどん作っていったかのような印象を受けますが、それはモーツアルトの曲の運びのうまさにうまく「だまされてしまった」結果で、実は、モーツアルトも楽譜に書く前、頭の中で猛烈に苦労しながら試行錯誤し推敲し、それであの曲をつくったのではないかとも思いたくなります。

一方、実際はひらめきで美しい旋律をものにしているのだけれども、作曲のペースがスローなため、ものすごく地道に見えてしまう人もいます。今日はそんな作曲家、ブルックナーが登場です。

おそらく、地道さ加減は、ほとんど誰も同じですし、それが、多少なれてくると、「過去の引き出し」が多くなるだけ・・・結局、その引き出しを多くする作業は、みんな苦労しているのです。

2009/09/03

くみあわせの妙

昨日の靴の話ではありませんが、コーディネートというものは難しいですね。

単品で素晴らしかったとしても、コーディネート、組み合わせを間違えるとよくなくなってしまう、というのはファッションでも、料理でも、そして音楽でも同じです。

音楽は古くからいろいろな舞曲を組み合わせる「組曲」という形式がありますが、近代になるにしたがって、舞曲だけではなく、自由にいろいろな曲をつなげて組曲とするようになりました。

交響曲や、そのピアノ版であるピアノソナタに比べて、一曲(一楽章)が短く、飽きない上に、バラエティに富んだ曲を組み合わせることができるので、人気も高くなりました。

今日は、9月3日(くみ)と読めます。朝は組曲の傑作を組み合わせてお送りします。

(追記)番組でご紹介した9月13・14日のジスモンチ氏のコンサート

「ザ・ワールド・オブ・エグベルト・ジスモンチ」についての詳しい情報はこちら

http://www.triphony.com/concert/20090913topics.php

2009/09/02

靴のクツウ

現代人にとって、重要なのに意外と見過ごされるものが靴、ではないでしょうか。

機能のこともありますが、現代人であれば靴をスタイル、つまりファッション性で選ぶ人がほとんどだと思います。靴にも衣装とおなじ自己主張を・・・と考えるのですが、値段からいっても、多くは収納場所からいっても、衣類と同じように靴をたくさんそろえるわけにはいきません。イメルダ・マルコス夫人のようにはなかなか庶民はコレクションできないわけです。(ちょっと古い話題でしたね)。ここで第1の妥協。

そして、足裏は第二の心臓である、といわれて、足ツボマッサージなどは大変人気です。でも、マッサージにたまに行くよりも、足に負担をかけない、そして、地面からの入力を上手に伝えるいい靴を履くほうがよほど健康によさそうですが、これがそうもいかない。ファッション性で気に入った靴は、履き心地がアレで、履き心地がよい足にフィットする靴は、見た目がアレレだったりする、往々にしてこんな事態がもちあがります。ここで第2の妥協。

さらに、足は人それぞれ千差万別、さらに人間微妙に左右でも足の形は違いますし、圧力分布などはさらに違います。骨盤の正しい安定、かなりこれは健康にとって大切なことですが、これのためにも、靴は重要。だから、実際はフルオーダーがよいのですが、なかなかこれも経済的にいって難しいし、第一フルオーダーのシューショップなんて、どこにあるのかも知らない・・・というのが普通でしょう。ここでも妥協しているのです。

ちなみに、演奏家が舞台ではく靴は、正式にはエナメルの光っている靴が多いものです。さらに、ピアニストは思いのほか足を踏ん張っての左右の体重移動が激しいですし、ペダルを踏む、という重要な任務にも靴は介在するので、私もオーダーの靴を探しにパリの某有名店を試しに訪ねたことがあります。そこで「フルオーダーは、木製の型を作って1足目は××ユーロ、2足目からは型がありますので少しお安くなって●●ユーロです。」とにこやかに店員さんに言われましたが、この●●のところでさえ、普通の靴15足分ぐらいの値段が入りましたので、早々に退散しました。なので、既製品のサイズがよいものを使っていますが、エナメルの靴は大体が裏が一枚革でツルツルです。このままだとピアノの金属ペダルで激しく滑りますし、第一磨かれた木が多いステージ上で転ぶ危険性があります。仕方なく、市販の貼り付け滑り止めゴムシールを貼ったりしています・・・

脱線しましたが、今日は9月2日。くつの日。小さなくつ、という名前のローマ皇帝にも登場してもらいましょう。

2009/09/01

新しき時代

9月1日。日本では新学期の始まり、欧米では新学年の始まり、また、心理的には夏が終わって秋の始まり、といったところでしょうか。その上日本では総選挙の結果を受けて新政権の始まりも迫ってきましたね。

新しい、ということにやっぱり人間は期待するものです。それまでの体制または状態がいいものであったとしても、同じところに長くとどまり続けると退屈な感じがしてくる、実は音楽を作るうえでもこれは重要なことです。

そして、フランスの絶対王政、最終的には革命という暴力的な手段で中断されたのですが、じつは、革命に至る前にも、人々は王様が交代することに期待した時期があったのです。

その時の民の動きをもう少し注意深く観察していれば、あのような極端な政権交代は避けられたかもしれません・・・・・・いえ、これはあくまで17世紀フランスの話です。

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本田聖嗣

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒。パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科を共にプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。在学中よりヨーロッパ各地で活動を始め、2000年秋、東京・紀尾井ホールにて、「馥郁たるパリの香り」のタイトルの下に日本国内ソロリサイタルデビュー。同タイトルでオクタヴィアレコードより2枚のアルバムも発売されている。

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