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2009年5月

2009/05/29

スペインを巡る

ヨーロッパの中ではポルトガルと並んで一番にしにあるイベリア半島の国、スペイン。

そんな端っこにありながら、キリスト教にとっては非常に重要な街、サン・チアゴ・デ・コンポステーラという巡礼地があります。聖ヤコブの聖遺骨が祀られているこの町に向かってたくさんの人たちが他国からやってきたのです。

同時に、ムスリムの諸国が南部を支配しているときには、イスラム教の巡礼たちがアンダルシア地方を含めた地中海の巡礼を行なっていたこともあります。

そんな、巡る国、スペインを、今日は巡ります。

スペインにとって、大事な作曲家の誕生日だからです。

2009/05/28

根気の要る作業

音楽でも文学でも、物を作り上げる作業というものは根気が要ります。

いい物を作る、または、じっくりと練り上げるためにはどうしても時間と集中力が必要・・・私もピアノを練習しながらよくかみ締めています。

ところで、南フランスの名物にフリュィ・コンフィというものがあります。フルーツの砂糖煮のことなのですが、これはフルーツの水分を全て糖液に入れ替えてしまったもの。そのため常温で保存がききますし、食べると本物のフルーツの食感を残しながら甘さが口いっぱいに広がります。

しかし、これを作るのは大変根気の要る作業。なぜなら、そう簡単にフルーツの水分は入れ替わらないからです。少しずつ糖度を替えながら何時間も何時間も煮込む作業が続きます。

今日のマルシェ・ド・フレスコはこのプロヴァンス名物をお出しします。

そして、今日は最も根気の要る作品、音楽家その人を育て上げた偉大な父親も登場します。

(7時台 大和総研の鈴木誠さんのコラムに登場したお店の情報です。)

魚金2号店 東京都港区新橋3-8-6 大新ビル1F 電話03-3431-6662

2009/05/27

焙煎されるチェリー

もちろんさくらんぼを炒ってはいけません。これはコーヒーチェリーのことです。

昨日は、パンと、オリーヴオイル(バターと勝るとも劣らない調味料ですね!)をお話しましたので、今日は朝食に欠かすことのできないコーヒーの登場です。

私はどちらかというとお茶党なので紅茶や日本茶をよく飲むのですが、時々はコーヒーが無性に飲みたくなる・・・というよりコーヒーの香りを楽しみたくなります。

コーヒーはその高貴な香りで世界中の人々を魅了していますが、その背景には長い長い物語が隠されているもの。今日は、コーヒーと長い旅路をたどってみましょうか・・

2009/05/26

イタリヤに至りや?

イタリア、といえば、皆さんどのようなイメージが思い浮かぶでしょうか?

私は真っ先に「スパゲティを含むパスタ」が思い浮かんでしまうのですが、マルシェ・ド・フレスコのようにカテゴリーを限定せず3つほど挙げてください、とまわりに聞いて回ったところ、パスタとピザがその中に含まれることが多かったので、やはり、おいしい食のイメージがかなり強いことは間違いなさそうです。

しかし、現実のイタリアでピザやパスタは料理の最初のほうに出るのであって、イタリア料理の真価はフランス料理に勝るとも劣らない肉料理や魚料理の数々です。

まあ、わが日本料理も割合と特別な「寿司」がその代表とされていたことがありますから、似たようなものかもしれません。

今日は、イタリア、そして西洋料理に欠かせないあの食品について、お話しつつ朝のひと時をお送りします。

2009/05/25

木を見て森も見る

タイトルはもちろん、「木を見て森を見ず」のパロディです。

最近は、エコが一種のブームのようになってしまって、木を守る運動、というような直接的なものから、こんなものまで?というようなところにも「エコ」という言葉が使われます。

実際、実感としても地球温暖化と資源の枯渇は明らかなので、地球環境保護にみんなが努力しなければならないのは自明の理なのですが、その時に考えなければいけないのは、トータルな視点、まさに「木を見て森も見る」冷静な分析だと思うのです。エコな商品だから買い換える、というのはひょっとしてまだ使えるものを捨てているかもしれません。もともと20世紀の大量消費型社会がやってくるまでは、古着、古道具、は人間の生活にとって当たり前でした。そして、このシステムがエコ、という場合には、そのシステムが副作用として別の側面を持っていないか、と考えることも必要です。それだけ現代の生活および生活用具にはたくさんの資源と人手が係わり合いになっているからです。

今日は、緑のことを考えながら、木について、森について、ゆったりとお話したいと思います。

(追っかけ訂正) 番組中に、木々が二酸化炭素を動物と同じように排出するのは昼間、と申し上げてしまいましたが、これはおもに夜間、の間違えです。すいません。昼は光合成で主に酸素を出し、夜は、動物と同じように酸素を消費して二酸化炭素を出す、のですが、正確には木の年齢にもよりますし、森がどの程度日光を取り入れているかによっても変わってきます。森林保護を叫ぶのと同時にわれわれはもっと「森の声」を聞くことを始めなければいけないかもしれませんね。

2009/05/22

王が嫌いではなかったのか

ヨーロッパで起こった近代市民革命は、王権神授説などで理論武装した王を中心とする貴族社会の打倒から起こりました。その直前には啓蒙専制君主といったような、道理のわかる王様がいたりはしたのですが、結局民意を反映しない政治体制ということで、革命の前に敗れ去ったのです。

そして、ベートーヴェンをはじめとする、自由な思想を持った音楽家達も、もともと貴族御用達の職業人であったにもかかわらず、革命を支持します。

ところが、その中に、革命を支持して暴動に加わり、指名手配までされたのに、とても王様が好きな人がいました。

彼の名前はリヒャルト・ワーグナー。王様の名前は、ルートヴィヒ2世、当時まだ独立国であったバイエルン王国の王様です。ワーグナーの目論見は、もちろん王様から莫大な経済的援助を引き出し、過去の借金を清算してもらうだけでなく、自分の作品専用の歌劇場をバイロイトに作ることであったといわれています。

しかし・・その行為にのめりこむうちに、ワーグナー自身が王、となってくるのです。それまでのオペラ作者といえば、現代の映画監督のような娯楽作品を作り出す職人であったものが、彼の存在は紛れもなく「芸術家」、それも誰よりも偉い、演奏家よりも、聴衆よりも、そしてその聴衆の中の貴族や王よりも偉い存在に自分を擬していきました。

結局、彼は王が好きだったのではなく、自分が王であることが好きだったというほかありません。

だから、彼のことをものすごく好きな人と、ものすごく嫌いな人が存在します。

2009/05/21

騎兵は花形

パリの陸軍士官学校、フランス語でエコール・ミリテールはエッフェル塔の立っているシャン・ド・マルス広場に面してその立派な建物の威容を見せています。

マルス、というのは英語と同じ(というか英語が輸入したのですが)「火星」そして「戦の神」という意味ですから、シャン・ド・マルス広場自体が元はといえば練兵場なわけです。

そのエコール・ミリテールの建物正面には左右の建物があって、それぞれプレートがついていて、「砲兵科」「騎兵科」となっています。陸軍士官学校を出た生徒達はいわば軍のエリートですからこの2科になるわけで、つまり、歩兵は徴兵された兵士達が多かったということにもなります。ちなみに、ナポレオン・ボナパルトもここの砲兵科の生徒でした。

そして、近代的な「大砲」というものが伝わる前には騎兵が花形だったわけです。日本は江戸時代に入って軍備を幕府が厳しく制限する方向に傾き200年以上の時を過ごしたため、戦国時代までに活躍した騎馬軍団は著しくその迫力をなくしましたが、異文化と異民族が入り乱れるヨーロッパは、第1次大戦で戦車という鉄のウマが現れるまで、騎兵は現役・・・ポーランドなどは第二次大戦まで騎兵が軍の花形だったわけです。

今でも、セレモニー、例えばフランス革命記念日などのパレードには美しく着飾った騎兵達が登場します。

今日は、ヨーロッパの騎兵達が横切るような音楽をお届けしましょう。

2009/05/20

飛ぶことはクラシックにとって幸か不幸か?

昨日のMarché de frescoでは自動車を取り上げました。

そして、昨日はパリに、バレエに、音楽に衝撃を与えたセルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスの旗揚げ公演からちょうど100年目でした。もちろん彼らはロシアから鉄道・舟・馬車を乗り継いでやってきたわけでしょうけれど、交通機関の発達が、異文化ショックを生み出したわけです。

現代だったらモスクワからでも、サンクト・ペテルブルクからでも、パリまで飛行機でひとっ飛びでしょう。

しかし、もし仮に、この時代に飛行機があったとしたら、彼らの移動は容易だったはずですが、逆にフランスの人もロシアに気軽に行けることになります。

そうすると、「ロシアからやってきた全く新しい、アジアを感じさせる、パワフルな芸術」にそれほど熱狂したでしょうか?

どうも、現代は情報だけでなくそもそも交通機関が発達しすぎてしまったために、「遠きにありて想うもの」が成り立たなくなっているような気がするのです。

しかしながら、遠くへ、早く行きたい、と願うのは人間の本来的欲求です。今日は、世界でもっと有名な飛行がおこなわれた日です。

2009/05/19

歌手は大食いか?

楽器演奏者がその楽器の種類によってある一定の性格の傾向をもつというのは割合とあたっているかもしれません。弦楽器の中で一番高い音を出し、オーケストラでも主役のヴァイオリニストは目立ちたがり屋でわがまま、ホルンは音を後ろに出しているので屈折している、低音楽器はゆったりした人が多い、ピアニストは忍耐強い・・etc.

では、自分の体そのものが楽器の人、つまり、歌手はどうでしょうか?性格的なことはともかく、「よく食べる」。たしかに、体が楽器なのですから、かなりふくよかな人たち・・・あまりスマートな人がいない・・・はっきり言ってしまえば「デブ」が多い。もちろん、中にはスマートな方ももちろんいらっしゃいますが、私の経験からいっても、歌手の方で食が細い人はいない。皆さんグルメ(味にこだわる)でグルマン(量にこだわる)な人たちです。

そのため、歌手にまつわる食べ物も多かったりします。伝説のロシアの名歌手の要求によって日本の帝国ホテルで生み出されたシャリアピン・ステーキなどはさしずめその代表でしょう。

今日は、歌手のために料理人が考え出した(決して歌手の要求ではなく!)デザートが登場します。

2009/05/18

イベリアとボヘミアの光と陰

「ひかり」の漢字は「光」で間違いないでしょうが、「かげ」は「影」「陰」「翳」など、即座に思いつくだけでも複数あります。もちろんよーく辞書を引いてみれば「耀」などという字もあるでしょうが、「かげ」のほうが多そうなカンジなのは、それだけ昔は闇が深かったということの名残でしょうか?最近でこそLEDなどというものも出てきて町は光にあふれていますが、人類は電灯を手にしてまだ1世紀とちょっと、それ以前は太陽が出てない闇は非常に深く、それこそ「蛍の光窓の雪」を明かりとした時代が長く続いていたのでした。

現実の「光と影」だけでなく、人間の歴史や風土におけるものも一方で「ハレ」があれば「ケ」もあったわけで、いつも光のあたる陽気な部分だけでなく、光の来ない闇も人生の大きな部分を占めているわけですね。さしずめ、経済的に現在世界は「闇」でしょうか・・そういえば「光」の時代もありました。

そして、音楽も同じです。光の部分を描く華々しくて楽しい音楽もあれば、一方で闇を描く音楽も存在しなければならない。

今日は、そんな闇を描くことの大変上手な二人が登場します。

日の沈まぬ帝国の一部を形成しながらイスラム教との争いの歴史、魔女裁判の歴史なども抱えるイベリア半島の闇。いっぽうで、同じ日の沈まぬハプスブルグ帝国の中心地でありながら国内にボヘミアやハンガリーといった異文化の国を内包し、アイデンティティに悩むひとたちのウィーン。

スペインの陰影をピアノで表現したI.アルベニスと、ウィーンの陰影をオーケストラと歌で作曲したG.マーラー。たとえ闇でも彼らの描く翳は大変魅力的です。

今日は、二人の命日です。特に、アルベニスは今日が没後100年です。

2009/05/15

全ては経済のために

昨日はアンリ4世の暗殺に始まって、ヨーロッパを揺るがせた新旧教対立、もしくはそれぞれの作曲家などのお話をしましたが、今日はそのような「政教一致」であった時代のヨーロッパにおいて独特の国が舞台です。

その名はヴェネツィア共和国。もともと異民族からの襲撃を避けるためにラグーナといわれる潟に逃げ込んだヴェネツィアの人たちでしたが、陸がなくて農業生産性が絶望に近いために、海に出て交易の民となるより仕方ありませんでした。

ジェノヴァなど他の都市と争ったこともありましたが、最終的にヨーロッパ側の商業独占はヴェネツィアのものとなります。

そんな彼らが採った政体は王を戴く封建・独裁制でもなく、古代ローマのような共和制でもありませんでした。大多数が世襲の貴族が参加し、元首を選び、現代の国会のような評議会を構成するのですが、さらに重要な最終意思決定機関として持ち回りで選ばれる「十人委員会」というものが置かれます。

それは、一人の権力者にあまり権力を集中すると戦争になりやすい(現代でもそういう例はありますね・・・)他方、あまり国政に参加する人間を増やしすぎると衆愚政治になりやすく、かつ、迅速な意思決定が出来ない。これらを回避するために、貴族という政治家集団を母体に、改選される少数精鋭の最高意思決定機関を置く「寡頭政」という仕組みを考えたのです。ちなみに多くの政治に関する職務は無給でした。

このような特殊な政治体制も、商売のため。要するに戦争は経済的につりあわず、かつ、商機を逃すと他国に利益を持っていかれることを知り抜いていたのです。だから、ヴェネツィア共和国の大使館網の整備、情報量・速度も抜きん出ていた。「儲かること」に全力をかけた民の発明でした。イタリアというカトリックのおひざもとの地域にありながら、比較的信仰・出版・思想の自由が保障されていたのもそんな理由からでした。

そんなヴェネツィアも、さすがに大国トルコとの度重なる交戦で国力をすり減らし、地中海以外の海路が発見されると経済的衰退に向かいます。

皮肉なことに、経済が低調になると文化が爛熟してくる。

そんな中で、オペラ、というものが誕生してきます。

今日は、クレモナ生まれでヴェネツィアで活躍した世界最古のオペラ作者、クラウディオ・モンテヴェルディの誕生日です。

気軽なヴェネツィア案内とともに、お送りします。

2009/05/14

新旧の争い

いつの時代にも、どの世界にも新旧の対立、というものはあります。

ただし、その新旧をめぐって長い期間争いが続き、多数の犠牲者が出たということになると、ヨーロッパでは新教と旧教といわれるカトリックとプロテスタント諸派のあらそいです。ドイツでは30年戦争となり国土が荒廃し、フランスではサン・バルテルミーの虐殺などが起こり、スペインでは魔女裁判が活発になり・・とこれらの影響で近代を迎えるのが100年以上遅れた、といわれるぐらいの中世の暗黒部です。

そのため、現在世界の多くの国で当たり前となっている「政教分離」も日本とヨーロッパ諸国ではかなり意味合いが違う、ものすごくまとめて言うと、日本では政治権力が宗教に口を出さない方向であるのに対して、ヨーロッパでは政治が宗教を規制して口を出させない、といった厳しい方向になっています。それも過去の教訓、というか争いの歴史から学んだところが多いように思います。

実は、クラシック音楽もいろいろな意味で宗教と近い存在でしたから、新教と旧教の違いが存在しています。といっても、争いにはならないところが音楽のいい点ですが・・・

今日は、新教徒と旧教徒の争いのために犠牲になったフランス王・アンリ4世の命日です。

(今年も来日が決まった エグベルト・ジスモンチさんの公演情報お問い合わせはこちら)

ザ・ワールド・オブ・エグベルト・ジスモンチ

 第1夜 ギター・デイ 2009913日(日)17:00開演/16:30開場

 第2夜 ピアノ・ナイト 2009914日(月)19:00開演/18:30開場

 

料金 :全席指定 各1回券 S8,000 A7,000

         2公演セット券 S14,400Sのみ)

(トリフォニークラブ会員は、各1回券は10%引き、

2公演セット券はS\12,800、同時入会申込可)

予約・問合せ:

トリフォニーホールチケットセンター 03-5608-1212 [10:0019:00]

トリフォニーホールチケットオンライン [24時間、発売初日は10:00~、1回券のみ]

                  (PChttp://www.triphohny.com/

                  (携帯) http://www.triphony.com/m/

発売日:5/24(日)トリフォニークラブ会員先行

         シャララML登録会員限定プレオーダー

         イープラス先行

         ぴあ先行

    5/31(日)一般

2009/05/13

未曾有の不景気

首相の読み間違いによってすっかり有名になった「未曾有」ですが、この不景気というのは現代世界のことではありません。

絶対王政が崩壊しつつある、つまり封建制・貴族制が終焉し、民主主義と資本主義の社会になりつつあった時代、ヨーロッパはどこも財政難でした。わが日本もそういえば明治政府はかなり貧乏でしたね。ヨーロッパ有数の、しかも連綿と続いた王家であるハプスブルグ家にもいわば「制度の不況」は直撃。もっとも直接な原因は戦争だったのですが。

そして、そんな落日のハプスブルグ帝国に一人の女帝が現れます。マリア・テレジア。今日は彼女の誕生日です。まだまだ男性優位の色濃かった時代、彼女は立派に帝国を運営します。

しかしながら、財政の厳しさはいかんともしがたく、ハプスブルグ家の楽しみ、そしてどの王家よりも保護した音楽芸術への投資を減らさなければならない。自身も家庭音楽会を開くことを好んだマリア・テレジアはどのような気分だったのでしょうか?

ちょうど、我々が現在節約を心がけているのと似たような気分だったかもしれませんね。

そして、現在の21世紀も、前世紀の制度・環境を変えなければいけない転換点にあるのかも・・・と後世から見たらどのような捉え方をされるかに興味が出てきました。

今日は、そんな「倹約家」マリア・テレジアと「浪費家」音楽家達の物語です。

それでもウィーンは、「音楽の都」であり続けたのです。

2009/05/12

フランス的美しさ

フランスのイメージ、というと洗練、でしょうか。ファッションでも、美術でも、文学でも、当てはまるような気がします。実際はヨーロッパ各国ともいろいろな意味で洗練されているので、フランスだけがとりわけ洗練されているというのは一種の幻想だと思うのですが、平たく言えば「おしゃれ」というのがフランスの芸術の定番ですね。

今日は、フランスにとって重要な作曲家、J.マスネとG.フォーレの誕生日。彼らの音楽をお届けしながらどうしてフランスが洗練されているのか、考えてみたいと思います。

2009/05/11

仕事は早いほうがいい

締め切り、作曲でも、文章でも、ある意味演奏でも演奏会に間に合わす、という意味で存在します。

私はもともと用心深い性格なので、なるべく前に準備しようと思うのですが、どうしても直前までばたばたします。しかも、どうも、締め切り直前までエンジンがかからない、というのは私だけではないようで、周りの小説家、俳人、作曲家、フィルムメーカー、皆さん締め切りに余裕で間に合った例がない、とおっしゃいます。

ロシアの作曲家、アナトール・リャードフ。今日が誕生日です。

リムスキー=コルサコフに学び、プロコフィエフを育てた先生なので、まさに「ロシア作品ど真ん中」のものをお書きになる優れた作曲家でもあったのですが、どうも締め切りに弱い。

セルゲイ・ディアギレフに依頼されたバレエ・リュスのための作品も放っておいたら、別の人に依頼がいってしまいました。

依頼された無名の新人が、その作品「火の鳥」を物にして一躍名が知られるようになりました。ご存知、イーゴリ・ストラヴィンスキーです。

はたして、リャードフはどう思っていたのでしょうね?

2009/05/08

百年の争い

今もイギリス海峡を隔てた二国、つまりイギリスとフランスは微妙なライバル関係にあります。もちろん、フランスにとってイギリスは儀礼上も最上級の国、ヨーロッパの大切なパートナーであることは間違いないのですが、感情的に、イギリスとフランスは相容れないものが未だにあったりします。

その昔、フランス王の家臣の領主がイギリスを領有し王を名乗ったことがありました。つまりフランス本土では部下なのに、海の向こう側では大きな顔をして対等を名乗っている。そのために当然、争いが起こります。

それを俗に英仏百年戦争、といいます。もちろんこれは後世の我々が勝手につけた名です。当時の人はそんな風には考えもしなかったと思います。

今日は、そんな英仏百年戦争のある一つのエポックメイキングな日。そして、そのことはクラシック音楽にも影響を与えているのです。

イギリスとフランスのながーい抗争について、お話しましょう。

2009/05/07

ドイツとロシアの憂鬱

クラシック音楽、といえばこの時代、ロマン派の時代は、現代から見ればなにかとオーバーな表現でもって高らかに思想・恋愛などを歌い上げるというムーブメントが文学・音楽・絵画を覆った時代でした。

そしてロマン派が成熟してきた時代、現在でも人気の高い作曲家「三大B」のブラームスと、ロシアの巨人、チャイコフスキーが現れます。二人ともロマンチックな作風、ピアノソロからフルオーケストラまでカバーする幅広いレパートリーとクラシック大作曲家の要素を備えています。

しかし、なぜか、私はこの二人の作品、聴いていると苦悩がついて回っているように思えるのです。もちろん、その点も魅力なのでしょうが、モーツアルトやベートーヴェンにあったどこか最終的な楽天主義はなく、たとえ長調のクライマックスで終わっても、どこかに悩みがのこっているような、そんな感触が残ります。

それこそが、近代的な悩み、なのかもしれないな・・・と思ったりしますが、もちろん、このお二人は女性関係でも悩んでいたりします。

今日は、この悩める二人の大作曲家の作品をたくさんお届けします。

二人の誕生日です。

2009/05/06

アレンジは自分だけじゃない

アレンジ、と一言で言いますが、実は幅広いのであります。

調を変えるもの。使用楽器を変えるもの。編成を変えるもの。楽器をかえちゃったら音域が不都合になったので調もついでに変えたもの。自作の改作。他人の作品の改作。クラシック>ジャズのように音楽のジャンルを変えるもの。そのジャンルの中でもスタイルを変えるもの。生存中にするアレンジ。本人は死んでいるのに死後他人がアレンジするもの。・・・あげてゆくと切りがありません。

現在は特にコンテンツビジネスにおいて著作権の問題が喧しいために、アレンジ、改作、といった問題は慎重にならざるを得ませんが、そんなものが成立する前には、たとえば、今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの主人公バッハも、盛んにアレンジを行なっています。

今日は、いろいろなアレンジについて、お話したいと思います。

中には、本人があずかり知らないアレンジなのに、それによって大成功したものもあったりします。

2009/05/05

三親等以内は立候補禁止です

現在日本では野党と与党との選挙における争点の一つとして「議員の世襲を認めるか認めないか」がクローズアップされています。あらためて眺めてみると、与党は世襲議員が多く、野党はそれに比べたらかなり少ない・・・やはり与党議員というのは「おいしい」職業なのでしょうか?そして、世襲は世論の流れとしては批判される方向にあるようです。

しかし、現在東京国際フォーラムで開催されているラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで取り上げられているJ.S.バッハの時代の音楽家は全く正反対でした。つまり世襲こそがあたりまえ、バッハ一族というのは中部ドイツで「音楽家」という一般名詞と同じぐらいといわれた大音楽家一族で、その男子が音楽を職業にするのは当たり前とされていた時代でした。女子が全く職業的表舞台に立たないのも現代との大きな違いですね。

けれども・・音楽家の世界も時代とともに変わってきます。世襲音楽一族は減少し、かわって一代で大スター音楽家になる人が現れてくる。そして、その子供達には「2世」のプレッシャーが・・・・

今日は、こどもの日。音楽家の「世襲」プレッシャーにさらされた子供達の登場です。

2009/05/04

その名は「強弱鍵盤楽器」

昨日よりいよいよ開幕したラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。

今年のテーマは「バッハとヨーロッパ」です。バッハというのは我々音楽家にとって、最大の山のような存在、そしていつも原点にある原典というべき存在です。そのバッハを3日間に渡ってじっくりと聴くことができる今年は、まさにラ・フォル・ジュルネの特徴を生かした催しといえます。なぜなら、バッハの作品はそれほど多く、それほど多方面にわたり、そのうえどれも傑作なので、なかなか通常の2時間のコンサートに収まりきらないからです。

私も、今年は会場のOTTAVAサテライトスタジオから5月4日・5日の14:00~18:00の間、公開生放送でスペシャル番組をお送りします。もちろん、朝のfrescoもいつものように生放送なので、LFJのコンサートをなかなか聴けないのが残念なのですが・・・

ところで、そんな大バッハがまだ20代のころ、イタリアはフィレンツェで一つの楽器が発明されました。

当時は「クラヴィコードチェンバロ ピアノ エ フォルテ」と呼ばれていたようです。今日はその製作者であるイタリア人バルトロメオ・クリストフォリの誕生日。

バッハが晩年に少しだけ触れることの出来たこの楽器の進化に沿って、今日はお送りしましょう。

もちろん、現代でこの楽器はただ一言「ピアノ」と呼ばれています。

2009/05/01

音楽家だって労働者です

今日は5月1日。日本では「メーデー」と呼ばれている、労働者達の祝日です。ヨーロッパでは法定休日になっているところがほとんど、そして、組合がかなり強く、労働者の権利をしっかり主張するフランスでは数々の集会、デモなどが見られます。また、メーデーに特に関係なくても、たとえば労働条件が不利になる法案改正などが審議されているとき、公共交通機関のストライキもまた頻発しますし、不便をこうむる人たちも、どちらかというと同情的でもくもくと歩いたりしています。

古くは宮廷付き・教会付きの「職人」としての地位を与えられていた音楽家は、その成り立ちからいって労働争議を起すなど思いも寄らない立場の人がほとんどでしたが、それでも背に腹はかえられず、なかなか巧妙に労働条件の改善を目指した人たちがいます。

今日は、音楽家のメーデーということで、お話します。

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本田聖嗣

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒。パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科を共にプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。在学中よりヨーロッパ各地で活動を始め、2000年秋、東京・紀尾井ホールにて、「馥郁たるパリの香り」のタイトルの下に日本国内ソロリサイタルデビュー。同タイトルでオクタヴィアレコードより2枚のアルバムも発売されている。

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