2010/02/09

ブルクとベルク

タイトルはドイツ語で、BurgとBergと綴ります。一般的な意味はブルクが「城・城塞」でベルクが「山・丘」です。でも文字面が似ていますし、日本でも立派な掘り割りを設けた平城が造られる前は山の上に立てられた山城が主流でしたから、ドイツでも事情は同じ、これはもとは同じ言葉からそれぞれ派生した言葉です。

最近は歴史や戦国武将ブームでにわかに日本の城が脚光を浴びています。とくに女性に人気で、歴史好きの女性を「歴女」とネーミングするブームさえあります。私もその昔「歴少年」だったので、日本の城が好きだったのですが、残念ながら日本の城は木造建築だったということと、明治維新での取り壊しや戦災によってオリジナルの天守閣が残っている城は姫路城、松本城、彦根城や犬山城ぐらいしかありません。

それに引き替え、ヨーロッパの城は石造りのため、残りやすく、今でも街の外れにそびえていることがよくあります。そして中にはその中が改造されてホテルになっており、滞在することさえ出来ます。

日本もヨーロッパも城の周りには城下町が出来ます。どいつごでブルクとつくまち、たとえば、ニュルンベルク、フライブルク、ハンブルク、などはいずれも城下町が元の母体だということがわかります。

今日は、ブルクとベルクのお話しです。

2010/02/08

初演から

現代の映画のロードショーも「何週連続で1位!」のように、公開封切日からの興行収入などが発表され、話題になったりします。

そういった意味では、100年の単位でロングランされ、興業回数でいえば何千回という単位で繰り返されてきたクラシックの名曲の数々はどうだったのでしょうか?

もちろん、公開=初演当初から評判を呼び、そのままずっと人々に愛されてきた幸運な名曲もあることにはありますが、数でいえば、初演時はそこそこ、または全く話題にならず、そのあとしばらく忘れされれてさえいて、そののち、じわじわと再評価がされて定番化した、という曲のほうが圧倒的に多いはずです。ついでに言えば、再評価されずに「そのまま忘れされらてしまった」曲のほうがさらにそれより多いのは確実ですが・・・

つまり、クラシックの現代に残っている曲とは、いずれも「リバイバルな名曲」が数多いということです。他のジャンルで「なつかしの名曲」という特集などをやっているのを見ると、クラシック音楽は「まるごとなつかしの・・・・いや、生きていなかったんだから、祖先がなつかしの名曲?」大会なのかもしれない、と思ったりします。

2010/02/05

残る業績残らない業績

現代は驚くほど録音技術が発達したので、演奏家の演奏は正確に記録されます。実際はライヴとレコーディングでは大きな差があるので、「録音の演奏」と「実際の演奏」の魅力はそれぞれあり、お互い違うものだ、と考えてほしいと私も演奏家のはしくれとして考えたりしますが、その昔はもちろん録音なんてものはありません。そのために、演奏家の演奏はそれを聴いた人の伝聞しか残らず、それもかなり主観的なものになるので、やっぱり業績としては残りにくい。歴史の長いクラシック音楽で名前を残しているのは、演奏家と作曲家が未分化だったと考えても、やっぱり作曲家のウェイトが大きいのは楽譜、という記録メディアが先行していただけに当然です。(ちなみに、現在大和証券ホームページ「知りたい投資」の中の私のコラム、「マネーとクラシック」では楽譜印刷について書いております。)

実は、一過性、いや、一期一会であるべき演奏が永遠に残ってしまう・・というのは現代の演奏家の不幸かもしれない、とも考えてはいますが、反対に、歴史の中でものすごく優秀な演奏家だったのに、具体的な演奏の音が残らなかったために歴史のかなたに消えている演奏家からすれば、やはり現代は恵まれているのかもしれません。

今日は、近代フランスで活躍した、ある高名なピアニストの誕生日です。彼の録音は幸運なことに存在するのですが、それ以上に、彼が初演したクラシックを代表する曲の数々が、彼の業績を伝えてくれています。

2010/02/04

ヨーロッパの東と西

ヨーロッパの人たちは北と南はある程度分かっていました。北にいけば寒くなるし、南にいくと地中海、そのさらに向こうのアフリカは乾燥して暑い、地球が丸くて緯度のことが分からなくても、本能的に南北は実感できたのです。

ただ、東と西は厄介でした。太陽が東から昇って西に沈むのはわかっていましたが、東は異民族。異宗教の国に阻まれて、その先がどうなっているかは伝聞でしかわからない。そして西は大西洋、古くは海の向こうには地の果てがあるとも考えられていましたし、海が巨大過ぎてとても小さな船では乗り出していけない。

そんな大西洋をとても小さな飛行機で飛び越した人がいました。ただし、彼は海の向こうの新大陸から旧大陸ヨーロッパにやってきたのです。

今日は、大西洋を挟んで西に東に移動してみます。

2010/02/03

春闘?

リーマンショックから続く世界的不況に覆われた2009年でしたが、今年2010年は回復するのでしょうか?見通しは悪くないといわれていますが、現実はまだ景気が回復しているとはいいかねる状況、労使交渉にも厳しいものがあるようです。賃金よりも雇用、というニュースをお届けしましたが、冷戦終結後20年ですから、経済発展をどこで見込むか、という分岐点に来ているような気もします。

話変わってオーケストラの指揮者というのは、賃金体系においてオーケストラの団員の憎まれ者です。だって「1音も出していない人」が「もっとも高いギャラ」なんだから・・・・というのは定番のオーケストラ小話ですが、現実は、オーケストラのすべての楽器の音を把握し、それをまとめて一つの芸術にしてゆく指揮者という仕事は決して楽なものではありません。

それでも、対面しているせいでしょうか、オーケストラの団員と指揮者の間には緊張関係があるのが普通です。

でも、なかには、そんなオーケストラの団員の待遇改善を雇い主に掛け合った指揮者にして作曲家もいたりします。

彼のおかげで、その音楽家だけではなく、かの大作曲家バッハも忘却の彼方から呼び戻されました。

今日は、そんな心やさしき天才、メンデルスゾーンの特集です。

2010/02/02

こすっているんです

クラシック音楽に使われるいわゆるアコースティック楽器は、要約して言えば叩く、こする、吹く、はじくなどの行為で音を出しているものばかりです。電気的に増幅はしていません。そして、叩く、や吹く、という行いは、楽器以前の楽器、たとえばテーブルを叩いても、空き瓶の口を吹いても、それなりの音が出たりします。

しかしこする、という行為は、たとえば割り箸をこすり合わせても満足な音が出ませんし、かなり楽器としての調整が必要になることはパっとわかります。

つまり、オーケストラで一番前にならんでいる弦楽器族、ヴァイオリンからコントラバスまでは、楽器として歴史の中で磨かれてきた伝統の技なしには成り立たないということです。いえ、もちろん、他の楽器も絶え間ない改良の努力によって現在も進化しているのですが・・

そんな「こする楽器」の王様、ヴァイオリンを握った天才演奏家は、時として伝説をまといます。今日は、20世紀を代表するヴァイオリン弾き二人の誕生日です。

2010/02/01

如月

時の経つのは早いもので、元日の放送をお送りしたのがつい先日のように感じますが、今日はもう2月1日。如月のはじまりです。そしてもうすぐ節分、つまり暦の上では春がやってくるわけですね。

太陽によって暖められる大地や海洋の熱の保持によって冬至と一年で一番寒い月2月の差が出るわけですが、太陽の恩恵を受けて植物は光合成をおこない、人間はビタミンDを合成したりします。その太陽の熱を地中に蓄えられた炭素化合物を燃やしてできた二酸化炭素などで地球上に貯め込み、温暖化をもたらし生態系を破壊しようとしているのも人間なわけですから、文明とは何かを考えてしまいますね。

今日は、2の数字にこだわったり、日の光の恵みについて考えたりしたいと思います。東京は久しぶりの雨模様です。

2010/01/29

覆面作曲家

覆面レスラーなどのようにキャラクター名だけ公表して素顔や本名を決して明かさない人、または小説などの執筆にペンネームを使い、本名や私生活を謎にしている人・・・などは別に珍しくありません。

でも、クラシック音楽の演奏家で「覆面演奏家」や、作曲家で「本名とかけ離れたペンネームを使い私生活まで謎」という人はめったに見かけません。いや、覆面演奏家は存在しないか?

小説やプロレスのようにプロの音楽家もいわば作品や興業を売るわけですから、そういった人たちがいてもいいのですが、本名や素顔をさらすのが当たり前となっているのは、音楽家が基本的に人がいいからでしょうか?

ところが、中にはペンネームに他人の名前を用い、徹頭徹尾作曲家本人の姿を隠そうとした人もいます。その試みは、かなりなところまで成功しましたが、ある鋭い人によって指摘を受け、ついに白状する時が来るのですが・・・

しかもその人は演奏家でもありました。そして、そちらは本名で行っていたためにばれることになったわけですが、なんとその動機は、「自分なんかが作曲したと知れたら、端からちゃんとした作品と受け取ってもらえないから」つまり、謙譲の心からでていたのです。

今日は、そんな覆面作曲家にして偉大なるヴァイオリニストの登場です。彼の曲は「愛」らしいものがたくさんあります。

2010/01/28

翼に乗って

私は自他共に認める飛行機好きなので、飛行機に関するものだったら、ひろく関心があります。もともと仕事柄飛行機に頻繁に乗らなくてはいけない、というところから好きになったのですが、私が飛行機に乗るようになったころはすでに第4世代の旅客機が就航していたので、フライトは快適なものでした。

人類が昔からあこがれた空を飛ぶということ、鳥が飛んでいるのだからそんなに難しくないはずだ、と思われていましたが、実際はとんでもなく難しいことでした。揚力を利用して飛び、動力を手に入れてその飛行を継続的に行う、ということは、内燃機関が発明されてしばらくたった20世紀にならなければ実現しなかったのです。クラシック音楽でいえば、もう現代の時代です。ところが、現在地球上の交通機関の中で飛行機は欠かせないものになっています。確かにこれから環境に配慮した技術やダウンサイジングは行われるでしょうが、決してなくなることはないでしょう。

今日は、空への憧れを音楽に乗せておとどけします。

2010/01/27

止まるな、お前はそれほど美しい

音楽は時間芸術ですから、基本的に前から後ろへ流れてゆくもの。ライブ、というか演奏会では、音はどんどん通り過ぎてゆき、その音たちとの一期一会を楽しむ、といってもいいわけです。現代は驚くほど高性能の録音がありますから、本当なら「過去の音」であるべき自分の演奏が繰り返し聴かれてしまうわけですから演奏家も大変ですが、やっぱり、録音よりライブのほうが満足感があるのは、それだけ「疾走感」があるからかもしれません。

疾走感のある音楽。ビートを刻む打楽器などを使わなくても、心地よく流れてゆく音楽はやはりいいもので、それと同時に退屈にならない、というところに作曲家は知恵を絞るわけです。

今日はモーツアルトの誕生日。沢山のモーツアルトの曲をお送りします。モーツアルトの音楽は、どうして、ながれて、美しくて、退屈でないのか、「聴き流して」お確かめください。

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本田聖嗣

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒。パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科を共にプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。在学中よりヨーロッパ各地で活動を始め、2000年秋、東京・紀尾井ホールにて、「馥郁たるパリの香り」のタイトルの下に日本国内ソロリサイタルデビュー。同タイトルでオクタヴィアレコードより2枚のアルバムも発売されている。

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