2010/03/19

ミュージックの日

フランスでは6月に「フェット・ド・ラ・ムジーク」(音楽のお祭りの日)という日があります。この日は、プロもアマチュアも、つまり本格的な催しから、家庭の窓を開けての即興ライブまで、町中が音楽にあふれる日。パリの6月は急に夏らしくなるときでもあるので、それはそれは毎年楽しい1日です。私もこの日ばかりは隣近所を気にすることなく窓を開け放ってピアノを弾いていました。

今日は、ミュージックの日。もちろん3・1・9のごろ合わせなのですが、日本ではどうでしょう、国民的にみんな音楽をやる日、というムーブメント、おこったりしないでしょうかね?隣人の音楽は心地よくない?・・・

今日は気楽にfresco流ミュージックの日をやりたいと思います。

2010/03/18

海の中がわかるのか?

お寿司もお刺身も大好きな私にとって心配な日々が続いています。

そう、ワシントン条約締約国の会議。本来絶滅危惧種を扱うこの会議で、大西洋と地中海のクロマグロの禁輸が議題に上がっていることです。EUやアメリカが禁輸に賛成の態度を明らかにしているために、確実に反対しそうなのはアジアの3国、日本、韓国、中国、といったところで、劣勢は明らか。多くのマグロを輸入している日本は、クロマグロ禁輸で打撃なだけでなく、このあと、メバチマグロなど他のマグロにこの動きが広がると、鮮魚店やすし屋の店頭からマグロが消えることも現実味を帯びてきます。

捕鯨論争もそうなのですが、海洋資源の正確な測定は大変難しい。しかもそれが回遊しているものならなおさらです。それが、人間による乱獲の結果なのか、それとも通常の個体数の変化なのか、それとも気候変動など他の要因によるのか、それさえも「詳しくはわからない」ということが多いのです。確かにクロマグロは減少していますが、「絶滅危惧種」かというと、ちょっと首をかしげざるをえません。

人間は地球地球と、本来面積比からいえば「水球」と呼ぶべきこの惑星も自分勝手に名付けてしまう種族です。科学の発達で多くのことが分かるようになったといっても、身近な海の魚や哺乳類のことについても、実はよくわかっていないから、お互いが自分に身勝手な主張をしてしまう・・捕鯨論争などを聞いていいるとそう思ってしまいますが・・・結局、「双方とも事実をよくわかっていない」のが真相です。まだまだ人間は未熟ですね。

でも、たとえば、海のことがすべてわかるはずがないのかもしれません。昔から海は人間にとって神秘なもの。そのロマンがなくなることは、おそらく、ありえません。

そんな神秘的な海と、神秘的な物語を見事な交響組曲にした人が、登場です。私はこの曲を聴くと、人間は常に不思議の物語にはかなわないのだ、という思いを強くします。

2010/03/17

シンボルカラーは緑

シンボルカラーというものがあります。ここのところ騒然としているタイのデモは現在の政府・現首相派が黄色で、デモを行っている反政府・タクシン元首相派が赤。前回は逆でした。もう次の大統領選挙がやってきて親ロシアの政権になったウクライナは、前政権、西欧よりのユーシェンコ元大統領派のシンボルカラーがオレンジだったために「オレンジ革命」と呼ばれました。

そして、現在世界中でのムーブメント、エコ、CO2削減の旗印となっているのがアースカラーである緑、です。確かに、緑は多くの植物の色ですから、植物を守れ!=CO2削減、と直感的にもわかりやすいわけです。ドイツでは、環境を前面に押し出す政党で、「緑の党」を名乗る党も存在します。

また、一方で、古くから、ナショナル・カラーとして緑を使ってきた国がありました。アイルランド。妖精の国ともいわれるケルトの伝統を引くこの国は、一方でイングランドの侵略と圧政に悩む歴史も持っています。新世界に夢を持って移住した人たち、つまり、アメリカのアイリッシュ系の人たちにとっても、緑と、シャムロックというクローバーに似た植物と、ギネスビールはシンボルになっています。

今日は、アイルランドの国の休日、セント・パトリックス・デイです。

2010/03/16

自由と職業

現在、民主的な国であれば職業選択の自由は憲法で保障されています。それは、長いこと、人々は職業選択はおろか、移動の自由さえない時代が長く続いたから。現在でも、国の状況によっては、そういったところがあります。

国民国家という現在の形を形成するまでに、大変な試行錯誤と争いを経験したヨーロッパでは、自由を選択するために選ぶ職業がありました。そして、それらは歴史に、音楽に、間接的にせよ影響を及ぼしているのです。

現代日本からは少し遠い問題ですが、歴史上では、つい昨日の話といえるのです。

2010/03/15

世界中で愛される香り

クラシック音楽は、楽譜という合理的な記譜法を編み出したところから、言葉が違う文化圏でも普及することができ、広がったと考えられています。音楽には師から習わなければリズムの再現ができないものや、天候によって音階を変える、つまり発達した土地から離れると音楽自体の再現性があやしくなる、というものが普通で、その中ではクラシック音楽は特に伝播力の強いものであったと言えるでしょう。

先週スパイスのお話をしましたが、スパイスも、料理の共通性があるところには広がりを見せましたが、やはり土地の気候によって左右されます。カレーという「スパイスを混ぜた調味料」が本場インドではなく、ポルトガル経由イギリスで成立したのがその例でしょう。

翻って考えるに、コーヒーです。収穫できるのは赤道付近のコーヒーベルト地帯、という制約があるにもかかわらず、驚くほど世界中で似ているものが飲まれている。たしかにパリと東京のコーヒーは多少違いますが、フランス料理と日本料理ほどは離れていません。同じようなことが南米から北米、アフリカからオーストラリアに至るまで、言えるはずです。アメリカの巨大な資本力を背景にした清涼飲料水を除けば、これは驚異的なことで、パリではおいしい日本茶や紅茶を飲むのが難しいことを考えれば、コーヒーはモーツアルトと同じように、人間にとって普遍的な魅力があると、結論せざるをえません。

2010/03/12

スパイスの道

最近日本でも本格インドカレーブームというか、カレーは「単なる固形のルウを入れるだけでは本格的ではない」という風潮になってきて、家庭でもスパイスをいろいろブレンドしたりするようになってきているようです。また、街でもインド文化圏出身の人が調理している本格カレー屋も増え、インドといっても地方によって違う味だったり、パキスタンやバングラデシュやスリランカ風のカレーも楽しめるようになってきています。

私も、相当なカレー好きなので、市販のルウに飽き足らず、マサラを調合して振りかけたり・・などする時もありますが、何より楽しいのは、昔の人のスパイスにかける情熱を追体験できるところです。

現代では、ちょっとした店に行けばかなりな数のスパイス、おそらくそれは世界各国から届いたものでしょうが、を簡単に手に入れることができます。交通機関が発達した現代ではごく当たり前のことでしょうが、飛行機も自動車もない時代、船だけではるか遠い異国から届いたスパイスは、それはそれは貴重なものだったでしょう。ましてや冷蔵庫のなかった時代です。

インドはコショウの原産地であり、ご存じのようにコショウを求めてコロンブスは大西洋を渡ったとされています。結果的に全くインドではないところにたどりつくことになるわけですが、その命知らずの旅の動機のひとつが、われわれがテーブルに載せているコショウ、というのは何ともロマンチックではないでしょうか?

実際に、古代ローマ帝国時代から、ローマの船は喜望峰回りでインドに到達しています。

音楽も、生活のスパイスのようなもの、と考えれば、本物のスパイスのように伝播があったはずですが、残念ながら、録音ができる時代ではありませんのでs、そもそもその土地の固有の音楽がどういうものであったか、ということさえわかりません。

でも、なんとなく想像するのは楽しいではありませんか?現代のように、世界中の音楽が家のPCで聴けるのもよい時代ですが、たまには、正反対の昔に思いをはせて・・・

2010/03/11

銀の国

銀、というとついこの前まで開かれていたオリンピックの「銀メダル」などを思い出してしまいますが、お金が国家による不換紙幣になる以前の金属通貨だった時代、銀は、ものすごく大切な金属でした。もちろん、金のほうが貴重と考えられていたので、歴史上、金本位制の時代が長く、今も、ある一定の国々は自国通貨の担保としてアメリカの銀行に金を保有している、などともいわれますが、残念ながら金は産出量が少なく、すべての人が使う日常的なお金にはなりませんでした。その次に、貴重と思われ、しかも産出量が金に比べてはるかに多かったのが銀。

そこで、大航海時代のヨーロッパの略奪者たちは、新大陸に金と銀を求めます。もちろん武力を使いながら。

そして、現在のボリビアで銀鉱脈が見つかると、それを大西洋に向かって運びだします。その川がラ・プラタ(銀)の川と呼ばれました。

今日は、この銀の国テイスト満載でお送りいたします。

支配者の言葉、スペイン語のラ・プラタを嫌った地元の人々は、独立にあたって、銀のラテン語、アルヘンティナを選択します。

2010/03/10

幻想という幻想

実際は交通機関が乱れたり、足元が滑ったりして大変ですが(どうぞ皆様お気を付けください)雪の景色は幻想的です。

幻想的・・この言葉はわかったようでわからない。英語でファンタジーといっても同じです。幻想やファンタジーは人によってそれぞれでしょうし、それらの個人のイメージが本人にとっては素晴らしいものでも、他人にとって心地よいものとは限らない。たとえば、都会の雪に慣れていない人間にとってたまの雪景色は幻想的でしょうが、雪の深い地方の人間にとっては日常の景色で、取り立ててファンタジーを掻き立てる存在ではないかもしれない。

それでも、人間はファンタジーを追うのです。宇宙、冒険、魔法、未来、過去、現代の映画でこれらの要素を持つ映画がいかに多いことでしょうか。

そして、クラシック音楽においても、幻想、という題名は非常にあいまい。曲を作ってしまって、ソナタにも舞曲にもフーガにも変奏曲にも当てはまらなかったからとりあえず幻想曲にしちゃえ、みたいなところがあります。

今日は、幻想曲をちょっと多めにお送りしましょう。

2010/03/09

身近な動物?

最近では住宅街でハクビシンが増殖中、などというニュースが取り上げられることがあります。つまり、裏を返せば、通常の住宅街ではペットとして飼われている犬や猫のほかに動物がいると奇妙なわけで、実際には東京都の新宿区にはタヌキがたくさん生息中、などというのもニュースになったりします。

それぐらい、都会生活は動物と距離ができてしまった。一方で山林に近い住宅では、住宅地が広がったことによる山の破壊でクマが出没、などというニュースもあります。

本来、動物の仲間の一つであった人間は自然と動物と共存して生きてきました。特に、産業革命を迎える前までは、動物の力に頼っていた部分も大きかったはずです。都市という人工的な空間から意図的に動物を排除して約200年。エコロジーサイクル、という意味でも、今一度動物たちとの生活を見直してみる・・ということができればよいのですが、生き物というのは機械のように単純に反応しないもの、難しいのかもしれません。

今日は、動物たちがたくさん登場します。

2010/03/08

技術革新

スイスは昔時計の産地として有名でした。特に腕時計など、小型化するにはムーブメントの小型化が必須で、ものすごく小さな精密な部品加工が必要です。スイスはその技術でトップを行っていたわけです。何より時計は正確性が重宝されますから、精度が問題になってくるわけです。

ところが、ここに黒船がやってきました。つまりクオーツです。水晶の振動を利用した仕組みは、それまで精密機械がやってきた1秒の正確性を、はるかに少ない部品で、しかもより精度よくやってのけます。しかも、問題だったのはその価格。はるか東洋の国で怒涛のように量産されたムーブメントは、あっという間に機械式の時計の内部構造を陳腐化して競争力のないものにしてしまいます。

・・・その後はスイスの時計は高級化路線に活路を見出し、それはまた別の物語になるのですが、現在の量販価格帯での腕時計はMADE IN JAPANが世界を席巻しているのはご存じのとおりです。いや、「クオーツは日本製、その他は中国製」という時計が既に多くなっていますが。

今日は、「スイスの時計職人」とよばれて音楽のいわば技術革新をやった人が登場です。

昨日3月7日はモーリス・ラヴェルの誕生日でした。

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本田聖嗣

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒。パリ国立高等音楽院ピアノ科・室内楽科を共にプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。在学中よりヨーロッパ各地で活動を始め、2000年秋、東京・紀尾井ホールにて、「馥郁たるパリの香り」のタイトルの下に日本国内ソロリサイタルデビュー。同タイトルでオクタヴィアレコードより2枚のアルバムも発売されている。

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