シューベルトの誕生日に思う
今年はラ・フォル・ジュルネのテーマになることもあり、シューベルトに一層の注目が集まります。ところでシューベルトは生前、自分自身を完成されたプロの作曲家としてはあまり考えていなかったように思われます。それどころか、対位法やフーガなどのテクニックを、まだまだ一から学ばなければと考えていたわけです。ウィーンでは一目おかれる存在だったものの、自己実現の達成感をほとんど感じることのないまま、アマチュア的な感覚のまま亡くなってしまったに違いありません。しかしながら、のちにはシューベルトの作品は、たとえばブラームスのような作曲技法の熟達の士を魅惑してやまなかった。これはとても興味深いことです。
さらに付け加えるなら、ピアノ・ソナタなどでは、たくさんの未完成の作品を放り出したままにしています。それらは完成された作品に較べて遜色ないどころか、むしろ優れている点さえ数多く見受けられるように思います。これも極めて不思議な特徴です。あれほど優れた霊感のこもった作品たちを、なぜ完成させずに無造作に放り出し続けたのか? この奇妙な無頓着さ、執着心のなさは、シューベルトの魅力と何か関係あるかもしれません。
「フランシス・プーランク」(アンリ・エル著、村田健司訳/春秋社)
入手困難なようですが、プーランクの音楽の魅力をより深く知るには必携の書です。ヴァレリー、アポリネール、エリュアール、コクトーらにも通じた著者の文学的な素養、そしてプーランクの音楽への熱烈な愛と理解が、本書を単なる評伝のみならず、プーランクへの美しいオマージュへと高めています。
林田














林田直樹